目次
この記事の要点
- 認知タスク分析(CTA)は作業手順ではなく、熟達者が頭の中で使っている手がかり・基準・迷いを聞き出すためのインタビュー技法群
- 「どうやっていますか」と聞くと手順しか返ってこないのは、熟達するほど判断が無意識化するため。質問のしかたを変える必要がある
- 中核手法のCDM(クリティカル・ディシジョン・メソッド)は、実際にあった難しい事例を4回たどり直しながらプローブ質問で判断を掘り下げる
- 対比質問・境界条件プロービング・仮想シナリオなど、CDM以外にも判断を引き出す質問の型がある
- CTAをもとに作った訓練の効果は、複数の研究をまとめた分析で一般に大きいとされる水準だった。ただし対象になった研究数は少なく、万能視はできない
- 引き出した判断は統合・平均せず、誰の・どの条件での判断かの帰属を保って残すのが実務の要点
「ふだんどうやって判断していますか」と尋ねている限り、ベテランの判断基準は出てきません。聞き手の力量が足りないからでも、相手が出し惜しみしているからでもありません。熟達した人ほど判断は無意識のパターン認識になっていて、状況から切り離した一般論の問いでは呼び出せないからです。
引き継ぎの場面では、まずベテランの時間を押さえます。業務の流れを最初から説明してもらい、録音を文字起こしして手順書に整える。丁寧で、実際に手順はきちんと残ります。
残らないのは判断のほうです。肝心なところを聞くと「ケースバイケースだから」で終わり、手順書は厚くなるのに、例外が起きると誰も決められません。株式会社taiziiiの調査でも、引き継ぎで不足していた観点の最多は例外発生時の「判断の基準」(40.5%)でした。結局は退職した本人に確認の連絡をすることになり、連絡がつかなくなった時点で止まります。
変えるべきなのは相手の熱意でも聞き手の粘りでもなく、質問の構造です。基準そのものを聞くのをやめ、基準が働いた実際の場面を聞く。この転換を手続きとして体系化してきたのが、認知タスク分析(Cognitive Task Analysis、CTA)と呼ばれる研究分野です。中核手法のCDM(クリティカル・ディシジョン・メソッド)の進め方、実務でそのまま使える質問文、そして効果を検証した研究でどこまで言えるのかを整理します。
出典 株式会社taiziii「業務引き継ぎに関する実態調査」(従業員1,000名以上の大企業に勤務する管理職200名・インターネット調査・本調査2026年2月24日〜3月6日/追加調査2026年3月16日) https://taiziii.com/knowledge-transfer-survey-2026/ (公開ページは調査の概要とダウンロード案内で、設問ごとの数値は同ページで配布のレポートに掲載)
認知タスク分析(CTA)は頭の中の判断を分析対象にする技法群である
分析の対象は観察できる作業ではなく判断・知覚・状況把握である
認知タスク分析(Cognitive Task Analysis、CTA)は、熟達者の頭の中で起きている認知過程を引き出すために設計されたインタビュー技法の総称です。経営研究の方法論誌に2024年に掲載されたBrownらの論文は、CTAを「複雑な業務ドメインの専門性を支える知識要件を特定するために設計された半構造化インタビュー技法群」と定義しています。
名前のとおり、分析の対象が「認知」に置かれています。従来のタスク分析が「何をどの順でやっているか」という観察可能な作業を対象にするのに対し、CTAが対象にするのは判断・知覚・状況把握といった頭の中の働きです。
Brownらは人事責任者の例を挙げています。在宅勤務への急な移行を受けて人事責任者が新しい資源の配分を決めるとき、決定の瞬間とその後の実行手順は外から観察できます。観察できないのは、どの手がかりを使ったか、時間的な圧力や従業員の不安といった状況要因がどう影響したか、過去のどの経験を引き出して判断したかです。CTAはこの観察できない部分を質問で引き出し、他の人が使える形に変換します。
進め方は3つの段階に整理されています。
- 知識の引き出し。インタビューや観察で、業務の遂行に使われている認知過程を掘り起こす
- データ分析。発言を分類し、手がかり・戦略・知識要件を特定する
- 知識表現。判断の流れや要件を、職場で引き継げる形式にまとめる
出典 Olivia Brown, Nicola Power & Julie Gore “Cognitive Task Analysis: Eliciting Expert Cognition in Context”, Organizational Research Methods, 28(3), pp.375-404(2024年8月20日オンライン公開・2025年収録号) https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/10944281241271216
階層的タスク分析(HTA)との違いは答えられる問いにある
タスク分析という言葉からまず連想されるのは、業務を手順に分解していく図ではないでしょうか。その代表が階層的タスク分析(Hierarchical Task Analysis、HTA)で、手順と下位手順を枝分かれの分解ツリーに落とし込み、業務の構造を見えるようにします。CTAとの違いは次のとおりです。
| 観点 | 階層的タスク分析(HTA) | 認知タスク分析(CTA) |
|---|---|---|
| 分析の対象 | 観察できる作業の構造 | 頭の中の判断・手がかり・知識要件 |
| 主な成果物 | 手順と下位手順の分解ツリー | 判断のタイムライン、判断要件の一覧など |
| 答えられる問い | 何を、どの順でやっているか | なぜそう判断したか。何を見て判断したか |
両者は対立する手法ではありません。あらかじめ決めた手順で医療分野の論文を網羅的に探し、条件に合う81本を整理したレビュー研究(システマティックレビュー)では、HTAはCTAの一連の技法の一つとして集計されています。ただし同レビューは、多くのHTA研究が作業の分解にとどまり、意思決定の理解までは踏み込んでいなかったとも指摘しています。手順の分解図をどれだけ細かくしても、「ベテランはなぜそこで手を止めるのか」は書かれないままです。引き継ぎで足りないものが手順ではなく判断なら、必要なのは分解ツリーではなく、判断を引き出す側の技法です。
出典 Swaby, Shu, Hind & Sutherland “The use of cognitive task analysis in clinical and health services research — a systematic review”, Pilot and Feasibility Studies, 2022 https://doi.org/10.1186/s40814-022-01002-6
CTAが生まれたのは知識獲得のボトルネック問題に原因がある
CTAの源流の一つはAI研究にあります。1970〜80年代、専門家の知識をルールとして組み込んだエキスパートシステムの開発が進むなかで、開発者たちは共通の壁に突き当たりました。システムの部品となる知識を専門家の頭から取り出す工程が、どの技術的課題よりも難しかったのです。エキスパートシステム研究を主導し、後にチューリング賞を受賞したAI研究者エドワード・ファイゲンバウムは、1977年の論文でこの壁を「知識獲得のボトルネック問題」と名指ししました。応用指向の知的エージェントを作るうえでのボトルネックは、推論の仕組みではなくドメイン知識の獲得だという指摘です。
出典 Edward A. Feigenbaum “The Art of Artificial Intelligence”, IJCAI-77 Proceedings, 1977 https://www.ijcai.org/Proceedings/77-2/Papers/092.pdf
この壁を越えるために、専門家から知識を引き出す方法論の研究(知識獲得研究)が発達しました。CTAはこの流れの上にあり、知識をどう引き出すかという問いを面接技法として具体化した分野にあたります。引き出した知識をシステムに組み込む側の展開については、ナレッジエンジニアリング(知識工学)の歴史を別記事で整理しています。
心理学の側にも源流があります。1954年に心理学者フラナガン(J. C. Flanagan)が提唱したクリティカル・インシデント法は、実際にあった重要な出来事を再構成してもらい、行動の記述を得る手法でした。後述のCDMはこれを拡張したものです。Brownらの整理によれば、困難な状況で働く専門家が何を見てどう決めているのかを既存の手法では十分に掘り出せない、という問題意識がCTAという分野を形づくってきました。
出典 J. C. Flanagan “The critical incident technique”, Psychological Bulletin, 1954 https://doi.org/10.1037/h0061470
なぜ普通のインタビューでは手順しか出てこないのか
熟達するほど判断は語れなくなる
判断が語れないのは、聞き手の技量が足りないからではありません。熟達研究をたどると、語れなくなること自体が熟達の自然な帰結だと分かります。
技能習得の研究で知られるドレイファス兄弟(Hubert & Stuart Dreyfus)は、技能の習得を初心者から達人までの5段階でモデル化しました。初心者はルールに従って動きますが、段階が上がるにつれて、状況全体を把握したうえでの直観的な判断へ移っていきます。熟達するほど判断は、選択肢を意識的に比較する分析的な手続きを経ずに下されるようになり、本人が言語化しにくくなります。ベテランほど教えるのが難しくなるのは、判断がこの直観的な形に移っているためです。
出典 Hubert Dreyfus & Stuart Dreyfus “Mind Over Machine”, Free Press, 1986
さらに古い指摘として、科学哲学者マイケル・ポランニーの暗黙知があります。ポランニーは「We can know more than we can tell(人は語れる以上のことを知っている)」という言葉で、知識には本人にも言語化できない層があることを示しました。判断基準が出てこないのは隠しているからではなく、そもそも語れる形で保持されていないからです。暗黙知を書き出そうとしたときに何が起きるかについては、暗黙知の形式知化が失敗する理由を別記事にまとめています。
出典 Michael Polanyi “The Tacit Dimension”, 1966
現場の意思決定を直接調べたのが、消防士や看護師など専門家の現場判断を研究した心理学者ゲイリー・クラインらの自然主義的意思決定(NDM)研究です。クラインの観察では、熟達者は複数の選択肢を並べて比較するのではなく、状況を認知した瞬間に浮かんだ有力案を頭の中で検証し、即座に判断していました(RPDモデル)。選択肢を比較していないのだから、「なぜ他の案ではなくその案を選んだのですか」と聞かれても、比較の理由は語れません。
出典 Gary Klein “Sources of Power”, 1998
語れないという傾向は、数字でも報告されています。前掲の医療分野のレビュー研究は、専門家が口頭で作業を説明すると、遂行に必要な構成要素や判断ステップの抜けが最大で7割にのぼるとする先行研究を紹介しています。ここで引かれている原研究は外科手技の指導を対象にしたもので、7割はあくまで上限値です。
出典 Swaby et al., Pilot and Feasibility Studies, 2022(前掲)が引用する Sullivan ME, Yates KA, Inaba K, Lam L, Clark RE「The use of cognitive task analysis to reveal the instructional limitations of experts in the teaching of procedural skills」Academic Medicine, 89(5), 2014, pp.811-816 https://doi.org/10.1097/ACM.0000000000000224
「どう判断しているか」と一般論で聞くと手順が返る

原因は熟達者の側だけではありません。質問の構造にも原因があります。「ふだんどう判断していますか」という一般論の問いに答えるとき、人が参照できるのは意識に残っている層、つまり明文化された手順や教科書的な原則です。無意識化した判断は「あの案件のあの場面」という具体的な状況とセットで保持されているので、状況を外した問いでは呼び出す手がかりがありません。
聞く時間を長くすれば出てくるのではないか、と考えたくなります。ただ、同じ構造の問いを何度重ねても、返ってくる層は変わりません。だから聞き方のほうを逆にします。「判断基準を教えてください」ではなく、「最近、判断に迷った案件を一つ教えてください」。基準そのものを聞くのではなく、基準が働いた実際の場面を聞き、場面に付いてくる判断を拾います。CDMをはじめとするCTAの技法は、この転換を手続きとして体系化したものです。Brownらも、インタビューを一つの具体的な事例の文脈に固定することで、仕事全般を漠然と振り返るだけでは出てこない認知過程を発見できると説明しています。
出典 Brown, Power & Gore, Organizational Research Methods, 2024(前掲)
CDM(クリティカル・ディシジョン・メソッド)は実際にあった事例から判断を引き出す
CDMは同じ事例を4回たどり直すプローブ質問で進む

CDM(Critical Decision Method)は、CTAの中核に位置づけられる面接技法です。原典はクライン、カルダーウッド、マクレガーが1989年に発表した論文で、前述のクリティカル・インシデント法を拡張し、時間的な圧力・大量の情報・状況の変化のもとでの判断をプローブ質問(掘り下げの質問)で引き出す手法として設計されました。適用例として消防指揮官・戦車小隊長・救急救命士などが報告されています。
出典 Klein, Calderwood & MacGregor “Critical decision method for eliciting knowledge”, IEEE Transactions on Systems, Man, and Cybernetics, 1989 https://ieeexplore.ieee.org/document/31053/
方法論として特徴的なのは、同じ事例を一度で聞き終えず、観点を変えて複数回たどり直す点です。ホフマンらはCDMを「プローブ質問に導かれた複数回の事象回想」と説明しています。成果物には判断のタイムラインや判断要件の一覧などがあります。
出典 Hoffman, Crandall & Shadbolt “Use of the Critical Decision Method to Elicit Expert Knowledge”, Human Factors, 1998 https://journals.sagepub.com/doi/10.1518/001872098779480442
Brownらの整理では、CDMのインタビューは4回の反復(スイープ)で進みます。
| 反復 | 内容 |
|---|---|
| 第1スイープ 事例の特定 | 本人が意思決定者だった難しい事例を選び、最初から最後まで遮らずに語ってもらう |
| 第2スイープ タイムラインの確認 | 聞き手がメモをもとに事例を語り直し、本人に誤りを訂正してもらいながら、判断の分岐点を時系列に並べる |
| 第3スイープ 深掘りプローブ | 分岐点ごとに、判断の根拠・目標・手がかり・不確かさを質問で掘り下げる |
| 第4スイープ What ifプローブ | 「条件が違ったらどうなっていたか」を尋ね、判断が変わる境界を確かめる |
第1スイープでは口を挟まず、話が本筋から離れそうなときだけ短く声をかけて戻します。第2スイープの語り直しは、記憶違いの修正だけでなく、聞き手が本人の用語で話すことで信頼関係を作る工程でもあります。掘り下げの質問が本格化するのは、判断の分岐点が時系列に並んだ後、第3スイープからです。
出典 Brown, Power & Gore, Organizational Research Methods, 2024(前掲)
質問文は手がかり・選択肢・根拠・不確かさの聞き漏らしを確かめる一覧として使う
第3・第4スイープで使う質問を、日常業務向けの言い回しで一覧にします。決まり文句として暗記するより、「手がかり・選択肢・根拠・不確かさ」を聞き漏らしていないか確かめる一覧として使ってください。
| 聞きたいこと | 質問文の例 |
|---|---|
| 事例の特定 | 最近、判断に迷った案件は何でしたか |
| 違和感の起点 | 最初に違和感を覚えたのはどの情報でしたか |
| 手がかり | 判断が必要だとどうやって気づきましたか。どの情報を最も重視しましたか |
| 捨てた選択肢 | そのとき、ほかにどんな選択肢を考えましたか。なぜ選ばなかったのですか |
| 判断の根拠 | その判断の主な理由は何でしたか。過去のどの経験を思い出していましたか |
| 不確かさ | どの程度確信がありましたか。信頼してよいか迷った情報はありましたか |
| 初心者との差 | 初心者ならどこで間違えそうですか |
| 反実仮想 | もし条件が一つ変わっていたら、結論は変わりましたか |
観点の構成は、Brownらが例示するプローブ表にもとづいています。
最後の反実仮想を含むWhat if系の質問は、応用の幅が広い部分です。集中治療室への患者受け入れ判断を調べた研究では、最終スイープで「初心者ならどう動いたと思うか」「やり直せるなら何を変えるか」「同じ場面に立つ人にどんな助言をするか」の3問を尋ね、熟達者の判断に共通する構造を引き出しています。
出典 Brown, Power & Gore, Organizational Research Methods, 2024(前掲。Power et al. 2018の紹介による)
CDM以外にも判断を引き出す質問の型が4つある

CDMは過去の事例の回想を軸にしますが、判断を引き出す質問の型はほかにもあります。知識獲得研究の系譜で使われてきた型のうち、企業の引き継ぎやヒアリングでそのまま使えるものを紹介します。
対比質問 判断が分かれた2つの案件を並べると条件が言葉になる
似ているのに判断が分かれた2つのケースを並べ、何が違ったのかを聞く型です。
- 通した案件と止めた案件
- 値引きを認めた案件と認めなかった案件
- クレームに即時対応した案件と様子を見た案件
- 設備を止めたケースと運転を続けたケース
単独の事例では「総合的に見て決めた」としか語れなかった判断も、対になる事例を並べると、どこが違って結論が分かれたのかが言葉になります。出てきやすいのは、許容できる範囲の境目、何を先に見るかの順番、優先順位、そしてリスクをどこまで許すかという感覚です。
境界条件プロービング 基準を聞くよりどこで判断が変わるかを聞く
判断が反転する条件を直接尋ねる型です。
- どこまでなら許容できますか
- 何が起きたら上長に戻しますか
- どの条件が揃うと例外扱いになりますか
- 数字が何%変わると判断が変わりますか
- 誰の了承があれば進められますか
「基準は何ですか」と正面から聞くより、「どこで判断が変わりますか」と聞く方が答えやすくなります。数字や条件を動かしながら、具体的な場面を思い浮かべて答えられるからです。引き継ぎ資料に落とすときも、境界条件は「この条件ではこうする」という条件付きルールの形へそのまま変換できます。
仮想シナリオと失敗事例 まだ起きていない場面と過去の分岐点から聞く
まだ起きていないが起こり得る場面を提示して、判断基準を引き出す型もあります。
- 納期が半分になったらどうしますか
- 相手が最重要の取引先だったら判断は変わりますか
- 担当者が新人だった場合、何を先に教えますか
あわせて有効なのが失敗事例のレビューです。失敗した事例には「どこで気づけたはずか」という具体的な分岐点が残っているため、判断基準が言葉になりやすくなります。
- 過去に見落とした兆候は何でしたか
- 早く気づけた人は何を見ていましたか
- マニュアルどおりにやったのに失敗したのはなぜですか
- 次に同じ状況になったら、どこで止めますか
ACTAはタスク図と知識監査で短時間に絞り込む
CDMを実務向けに簡略化した技法として、ACTA(Applied Cognitive Task Analysis、応用認知タスク分析)があります。ミリテロとハットンが開発した技法で、CDMより短い時間で実施できるよう設計されています。Brownらの整理では次の3段階で進みます。
- タスク図の作成。対象業務を3〜7ステップに分け、どのステップが認知的に難しいかを特定する。目安として10〜30分程度
- 知識監査。難しいステップについて、専門性の観点ごとに用意された質問で知識を掘り下げる
- データ分析と知識表現。発言を分類し、手がかりと戦略を引き継げる形にまとめる
知識監査で使う観点には、状況の展開の予測、全体像の把握、他の人が見落とす手がかりへの気づき、仕事のコツ、標準手順を超えた即興、自分の実行状況のモニタリング、異常の検知などがあります。たとえば「状況の一部が目に飛び込んできて、他の人が気づいていないことに気づいた経験はありますか」のような質問です。知識監査を補うために、シミュレーションインタビュー(模擬場面での判断の聞き取り)やCDMを組み合わせる場合もあります。
出典 Brown, Power & Gore, Organizational Research Methods, 2024(前掲。Militello & Hutton 1998の紹介による)
効果研究は有望だが数が少なく万能視はできない
引き出した内容を訓練や教材に変換したとき、学習効果は本当に上がるのか。これを確かめるために、同じテーマの研究をいくつも集めて結果をまとめ直した分析(メタ分析)があります。Tofel-GrehlとFeldonがCTAに基づく訓練の研究を集めてまとめたところ、訓練による成績の差は一般に大きいとされる水準でした。原著もこれを大きい効果と位置づけています(効果量 g=0.871)。ただし原著自身が、対象となった研究数が比較的少ないこと、使われたCTAの手法と訓練の文脈によって差の大きさが大きく変わることを限定として明記しています。数字だけを切り取って「CTAを使えば必ず教育効果が上がる」と読むのは行き過ぎです。
出典 Tofel-Grehl & Feldon “Cognitive Task Analysis-Based Training: A Meta-Analysis of Studies”, Journal of Cognitive Engineering and Decision Making, 2013 https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/1555343412474821
同種の分析は外科教育の分野でも行われています。ここでは結果までは確認していないため、存在を挙げるにとどめます。
出典 ”Cognitive task analysis-based training in surgery: a meta-analysis”, BJS Open, 2021 https://academic.oup.com/bjsopen/article/5/6/zrab122/6460901
医療分野全体では、1993年から2019年に発表された論文から条件に合う81本を整理した前掲のレビュー研究があり、時間的な圧力や不確実さの大きい外科・集中治療の領域を中心に、CTAの適用が20年間で着実に増えてきたと結論づけています。引き出しの技法として最も多く使われていたのはCDMでした。
出典 Swaby et al., Pilot and Feasibility Studies, 2022(前掲)
注意したいのは、これらの研究が測っているのは主に、引き出した内容を訓練プログラムに変換した後の学習効果だという点です。企業の引き継ぎにそのまま重ねられる数字ではありません。外科や消防の話であって自社の業務からは遠い、と感じる方もいると思います。それでも、聞き方を変えると教えられる中身が変わるという方向は、対象分野の違う複数の研究で共通しています。
実務での要点は対象業務の絞り込みと帰属の保持である
時間がかかるため判断の難しさが結果を分ける業務に絞る
CDMは1つの事例を4回たどり直すため、時間のかかる手法です。Brownらが紹介する緊急事態対応の指揮を扱った研究では、31名のインタビューで合計51時間を超えるデータが集まっています。すべての業務にこの密度の聞き取りをかけるのは現実的ではありません。
絞り込みの目安は2つあります。第一に、判断の難しさが結果を分ける業務に絞ることです。手順書どおりに進めば済む定型業務は、対象にする必要がありません。第二に、例外対応から着手することです。株式会社taiziiiの調査でも、引き継ぎで不足していた観点の最多は例外発生時の判断の基準でした。通常時の対応は既存のマニュアルで足りていることが多く、熟達者の判断が本当に必要になるのは例外時だからです。
対象者の人数には、専門家の認知過程を特定するには最低3〜5名という目安が引かれています(Brownらが紹介するCrandallらのガイドライン)。製造現場の技能伝承のように熟達者が退職間際の場合は、時間の制約がさらに厳しくなります。この場合は聞く範囲を広げるより、例外対応のうち再現できないと業務が止まるものから順に事例を選ぶことになります。技能伝承が進まない原因そのものについては、技術継承・技能伝承が失敗する理由を別記事で扱っています。
出典 Brown, Power & Gore, Organizational Research Methods, 2024(前掲)
引き出した判断は統合せず誰の・どの条件かの帰属を保つ
複数の熟達者から判断を聞き出すと、基準が食い違う場面が必ず出てきます。Aさんは15%の変動で案件を止め、Bさんは12%で止める、といった食い違いです。このとき2人の基準を「12〜15%で止める」と丸めてはいけません。判断はその人が置かれた条件と結びついて意味を持ちます。条件の違う判断を平均すると、どちらの状況でも使えない基準ができあがります。
実務では、誰の判断か、どの条件で成り立つか、例外はどこかを付けたまま、条件付きのルールとして別々に残します。食い違いは、消すのではなく掘る対象です。AさんとBさんで基準が違う理由をたどると、扱っている顧客層や案件の規模といった条件の違いが見つかることがあり、その条件こそが引き継ぐべき判断の中身になります。
よくある質問
認知タスク分析はどんな業務に向いているのか
判断の難しさが結果を左右する業務に向いています。Brownらは、CTAが適するのは複雑な認知、とりわけ本人が言語化しにくく外から観察もしにくい認知が焦点になる場合で、タスクの特徴や手順の記述が目的なら別の手法が適切だと整理しています。企業の実務でいえば、審査・品質判定・トラブル対応のように、例外やグレーゾーンのさじ加減が結果を分ける業務が第一候補です。手順書どおりに進めれば同じ結果になる定型業務には、かかる手間に見合いません。
インタビューにはどのくらい時間がかかるのか
事例の数と掘り下げの密度によって幅があります。参考として、Brownらが紹介する緊急事態対応の指揮を扱ったCDM研究では、31名で合計51時間を超えるインタビューが行われました。簡略版であるACTAは、タスク図の作成が10〜30分程度とされ、CDMより短い時間で実施できるよう設計されています。時間を削ること自体を目的にするより、対象業務を絞って1つの事例を深くたどる方が、得られる判断の密度は高くなります。
何人の熟達者に聞けばよいのか
専門家の認知過程を特定するには最低3〜5名という目安が、CTAのガイドラインとして引かれています(Crandallらの研究などをBrownらが紹介)。人数を増やすことより、対象者の選定が重要です。Brownらが紹介するグローバル企業の研究では、10年以上の上級管理職経験といった明確な基準で対象者を絞り込んでいます。熟達者が1名しかいない業務では、その1名の判断を条件付きで丁寧に引き出すことになります。
聞き手に業務の専門知識は必要か
その分野の専門家である必要はありませんが、用語と業務の流れを理解しておく必要はあります。BrownらはCDMの聞き手について、対象領域の用語や業務プロセスに慣れ、「準専門家」と呼べる程度の理解を持つことで聞き取りの質が上がると述べています。事前に手順書や過去案件の記録を読み込み、熟達者の使う言葉で問い返せる状態を作ってからインタビューに臨むのが現実的な準備です。
手順の聞き取りから判断の聞き取りへ切り替える
認知タスク分析は、熟達者に聞いても手順しか出てこないという問題への、研究に裏づけられた処方箋です。要点を整理します。
- 手順しか出てこないのは聞き方の構造の問題であり、熟達者の怠慢ではない。判断は熟達とともに無意識化する
- 一般論を聞かず、実際にあった1つの事例に絞って複数回たどるのがCDMの型
- 対比質問・境界条件プロービング・仮想シナリオを組み合わせると、判断の輪郭が条件付きで見えてくる
- 効果研究は有望だが数が少なく、万能視はできない
- 引き出した判断は統合せず、帰属と条件を保って残す
こうした聞き取りと構造化を職業として担ってきたのが、エキスパートシステムの時代から続くナレッジエンジニアという職種です。
各種お問い合わせ