暗黙知の形式知化はなぜ失敗するのか。書ける知識を見極める3つの手順 | 株式会社taiziii(タイジー)
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システム開発・AI導入なら株式会社taiziii コラム 暗黙知の形式知化はなぜ失敗するのか。書ける知識を見極める3つの手順
暗黙知の形式知化はなぜ失敗するのか。書ける知識を見極める3つの手順
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暗黙知の形式知化はなぜ失敗するのか。書ける知識を見極める3つの手順

この記事の要点

  • 暗黙知の形式知化が難しい主な理由は、性質の違う知識を同じ書き方で扱うこと。
  • 手順、経験則、直感、条件分岐、トレードオフは、それぞれ残し方が違う。
  • 書ける知識は文書化し、書けない判断は具体案件への質問で引き出すことが大切。
  • 過去判断、対比、境界、仮定、例外の聞き方で条件を取り出す。
  • 複数の判断は平均せず、誰のどの条件での判断かを残す必要がある。
  • 形式知化の出発点は、書くことではなく仕分け。

「人は語れる以上のことを知っている」。暗黙知という概念を提唱した科学哲学者マイケル・ポランニーが半世紀以上前に残した言葉です(Polanyi, 1966)。語れないけれど確かに知っている。ベテランの判断の正体を、これほど短く言い当てた一文はありません。

だからこそ、多くの会社はその「語れない知」を語らせようとします。ベテランに2時間インタビューして議事録を作り、共有フォルダに置く。マニュアルツールで言語化を徹底する。生成AIに社内文書を読み込ませて引き出す、という対処もよく取られます。それでも若手はベテランと同じ判断ができるようにならず、担当者が辞めた瞬間に例外案件が止まります。文書だけが増えて、判断できる人は増えないという状態に陥りがちです。

しかし、インタビューもマニュアル化も生成AIへの読み込みも、例外時の「なんとなく見送る」という判断までは引き出せません。暗黙知の形式知化が進まないのは努力や工数が足りないからではありません。実は「暗黙知」と一括りにされる知識には、頑張れば書ける手順や基準と、文書にしてもそのままでは再現されない判断の知が混ざっています。後者は、たとえば数値はギリギリ基準内なのになんとなく見送る、といった判断です。これはそもそも文書化の外側にあります。ポランニーが「語れる以上のことを知っている」と言ったのは、まさにこの文書化できない判断のことでした。

この記事では、暗黙知の形式知化が難しい理由を、知識の粒度と判断の性質から整理します。そのうえで、書ける範囲をどう広げるか、残った判断をどう引き出すか、どんな手順で継いでいくかを解説します。

この記事を読むことで、下記について理解できるようになります。

  • 自社の知識を5つの粒度に仕分けて、どこに手をかけるべきかを見分けられるようになります。
  • 書ける範囲を、引き出す・言語化する・構造化するの3ステップで書き切れるようになります。
  • 書けない判断は、正面から「教えてください」と聞くのをやめ、対比・境界・例外などの質問で条件付きルールへ直せるようになります。
  • 複数のベテランで基準が食い違ったとき、平均して一本に丸めずに残す理由と方法が分かるようになります。
  • 最後に置いた診断10問で、自社のどの業務から着手すればいいかが具体的に見えてきます。

読むだけで終わらせず、次に知識継承の業務に向き合うときの最初の一歩につなげること。これがこの記事の目標です。

加藤晃寿郎氏のプロフィール写真

運営者プロフィール

加藤晃寿郎(株式会社taiziii 代表取締役)。慶應義塾大学経済学部出身のエンジニア。在学中のスタートアップ設立、フリーランスを経てシステム開発会社を創業。企業のAI導入支援と、判断継承AIプラットフォーム「SkillRelay」の開発に従事。

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暗黙知と形式知は何が違うのか

暗黙知とは経験や勘に裏打ちされているものの、本人もうまく言葉で説明できない知識のことです。科学哲学者マイケル・ポランニーが提唱した概念で、「人は語れる以上のことを知っている」という言葉で知られています(Polanyi, 1966)。

いちばん身近な例は自転車の乗り方です。乗れる人はバランスの取り方を確かに「知って」います。しかし、どのタイミングでどう重心を移しているのかを、言葉で説明することはできません。知っているのに、語れない。これが暗黙知です。

対になる概念が形式知です。文章・数値・図表で表現され読めば誰でも参照できる知識を指します。規程、手順書、価格表、チェックリスト、FAQなどがこれに当たります。

両者は表現のかたちから組織での扱われ方まで、次のように対照的です。

図解P1-1 対比表暗黙知と形式知の4観点の違い

この概念を経営学に持ち込んだのが野中郁次郎です。暗黙知と形式知が相互に変換されながら組織の知識が生まれるとする「知識創造理論」を1990年代に発表し、世界のナレッジマネジメント論の土台になりました(Nonaka, 1994)。

先に一点、押さえておきたいことがあります。「暗黙知」は一つの種類ではありません。自転車の乗り方のように身体で覚えた感覚も暗黙知ですし、「この条件だと後工程で問題が出やすい」という経験から来る因果の読みも暗黙知です。両者は同じ「言葉にしにくい」知識ですが、継ぎ方はまったく違います。経営学の研究でも、暗黙知を一枚岩で扱わない整理が示されています。Dinur(2011)のケース研究は暗黙知を技能型・因果型・認知型・複合型・文化型・アンラーニング型・タブー型・人間関係型・感情型の9種類に分け、どの移転手段も知識タイプと無関係に万能ではないと論じました(Dinur, A. 2011, Journal of Behavioral and Applied Management)。同じ「暗黙知」でも、身体で覚えるしかないもの、語りでしか継げないもの、条件を聞き出せば文書にできるものが混ざっています。継ぎ方を間違えないためには、この違いを最初に押さえておく必要があります。後で出てくる「知識の5つの粒度」という仕分けが、その見分け方になります。

職場での具体例

職場に当てはめると、両者は次のように分かれます。

形式知の例

  • 経費精算の手順、承認フロー
  • 製品仕様書、価格表、FAQ

暗黙知の例

  • 見積もりで「この客先・この案件構成なら、リスクを見て少し高めに出す」というさじ加減
  • クレームに発展しそうな案件に、早い段階で気づく力
  • 検品で「音がいつもと違う」と気づく感覚
  • 工程をどの順番で組むかという段取りの勘

いま「暗黙知の例」として並べた4つは、この記事の主題につながる点で実は性質がバラバラです。聞き出して書けば伝わるものと、書いても伝わらないものが混ざっています。

図解P1-2 要素分解 4つの業務例をDinur4タイプと有効な継ぎ方に対応づけ

先ほどのDinur(2011)の分類に当てはめると、性質の違いがはっきりします。検品で「音がいつもと違う」と気づく感覚は、力加減や異音判定に近い技能型です。これは動画やセンサーで補えても、最後は身体に入れる訓練が必要です。見積もりのさじ加減は、「この客先構成だと後で値引き圧力が来る」という因果型と「この担当者の言い方は危ない」という感情型の混じったものです。クレームへの早い気づきは相手の声色や反応から危険を察知する感情型に近く、データだけでは継ぎにくいタイプです。段取りの勘は、何を先に押さえるべきかという問題の見立て方、つまり認知型に当たります(これらの分類はDinur 2011に基づく整理で、ここで挙げた業務例は説明のための汎用的な仮例です)。

ここで押さえたいのは、4つを「同じ暗黙知」とまとめて同じやり方で扱うと失敗するという点です。技能型に「対比インタビュー」をしても身体は動くようになりませんし、因果型を「とにかく一緒に働いて覚えて」とOJTだけで渡すのは遠回りです。タイプによって有効な継ぎ方が変わるからこそ、闇雲に「全部言語化しよう」とする前に、目の前の知識がどのタイプ・どの粒度なのかを見分ける必要があります。

タイプによる継ぎ方の違いを、もう少し具体に落とします。検品の異音判定のような技能型は、文章にしても伝わりにくく、実際に音を聞き比べる訓練とフィードバックが必要です。「この条件だと後工程で問題が出る」という因果型は、過去の不具合や条件の組み合わせを並べれば文書化や検索と相性がよく、AIにも乗せやすいタイプです。問題の見立て方のような認知型は、ベテランに考える過程を語ってもらいその問いの立て方ごと若手に渡すのが向いています。危険への違和感のような感情型はデータにしにくく、過去の事例を語り合う振り返りの場で継ぐことになります。同じ「言葉にしにくい」でも、文書で継げるもの、訓練で継ぐもの、語りで継ぐものに分かれる。この見極めを飛ばして、全部を「AIインタビューで抽出してナレッジベースに入れる」と決めてしまうと、技能型や感情型は手段が合わず、結局継がれません(このタイプ分けはDinur 2011の整理に基づき、業務例は説明のための汎用的な仮例です)。

暗黙知が共有されないのは、全部言語化できるという誤解に原因がある

図解P1-3 対比表「書けば伝わる手順」と「書いても伝わらない判断」

書いたのに伝わらない。この現象の正体は性質の違う知識を「書く」という一つのやり方でまとめて扱っていることにあります。手順は書けば伝わりますが、判断は書いただけでは伝わりません。にもかわらず、形式知化の現場では両者が同じ作業として進んでいきます。

「形式知化」と呼ばれる作業は、おおむね次のような手順で進みがちです。ベテランにインタビューし、文字起こしして議事録にし共有フォルダに格納する。これで「言語化完了」とされます。

ところが当社の調査では、自身の引き継ぎで暗黙知が十分に共有され、応用的な判断ができるようになったと答えた管理職は19.5%にとどまり、72.0%は何らかの不足を感じていました(出典 株式会社taiziii「企業の属人化防止完全ガイドブック2026」掲載調査、管理職〔課長以上〕200名・インターネット調査)。

不足していたものの中身を見ると傾向が読み取れます。引き継ぎで不足していた判断の観点・勘所(複数回答)は次の順でした(株式会社taiziii調べ・管理職200名・インターネット調査)。

図解P1-4 グラフ引き継ぎで不足した判断の観点(上位4項目の横棒)
  1. イレギュラーな状況や例外発生時の判断の基準 40.5%
  2. 業務の背景・目的 38.5%
  3. ベテランの着眼点 37.5%
  4. グレーゾーンの「さじ加減・落としどころ」 34.5%

上位に並んでいるのは、手順ではなく、すべて「判断」に関わる項目です。4つを一つずつ見ると、共通しているのは「文書の項目に収まらない」という性質です。

1位の「イレギュラーな状況や例外発生時の判断の基準」は通常フローに乗らない場面でどう線を引くかという知識です。マニュアルは通常手順を書くのが得意で、例外の判断は「ケースバイケースで対応」と書かれて終わりがちです。2位の「業務の背景・目的」はなぜその作業をやるのかという理由です。手順だけ覚えた若手は、前提が変わったときに作業を続けるか止めるかを自分で決められません。3位の「ベテランの着眼点」は同じ資料を見てもどこに最初に目をやるかという見方です。4位の「グレーゾーンのさじ加減・落としどころ」は白黒つかない案件をどこで折り合わせるかという判断です。どれも数値やフローでは書きにくく、ベテランの頭の中で動いているものです。

逆に言えば、手順は伝わっているということです。経費精算のやり方や承認フローは、文書にすれば引き継げています。伝わっていないのは判断のほうです。書いたのに伝わらないのは担当者の努力不足ではありません。性質の違う知識を、同じ「書く」というやり方で扱っていることが原因です。手順を書くのと同じ要領で判断を書こうとするから、判断のところだけ「総合的に対応する」のような中身のない記述になり、読んでも動けない文書ができあがります。

具体的な場面で考えてみます(以下は説明のための汎用的な仮の例です)。ある部署で、退職予定のベテランに2時間インタビューを行い、文字起こしを整え議事録を共有フォルダに置きました。関係者には「これで引き継ぎ完了」と共有されます。手順を確認する分には新人もこの文書で困りません。ところが3か月後、通常フローに乗らない例外案件が来ると、若手は文書を開いても判断できず結局は退職したベテランに電話をかけることになります。文書はたしかに増えました。しかし、判断できる人は一人も増えていません。

書いただけでは判断が継がれない理由

図解P1-5 ステップ/フロー 表出化偏重トラップの3段階(入口→抜け落ち→結果)

この現象には名前を付けておくと扱いやすくなります。この記事では、いま見た「文書化・検索化さえすれば継承が完了したと思い込んでしまう状態」を、表出化偏重トラップと呼んで整理します。これはSECIモデルの続きを補えばよいという意味ではありません。文書化された知識と、現場で再現すべき判断を分けないまま進めると、判断だけが成果物の外に残るという意味です(命名はこの記事独自の整理で、土台にしているのは表出化が継承の一部にすぎないというSECIの考え方です。Nonaka, 1994Gourlay, 2006)。中身は3つに分解できます。

  1. 入口ベテランに長時間インタビューし、議事録を共有フォルダに置いた段階で「言語化が終わった」とみなす。
  2. 抜け落ち若手が判断を試し、ベテランがレビューし、同じ判断が再現できるかを確かめる工程が設計されていない。
  3. 結果文書の数は増えるが、例外案件で若手が止まり、判断できる人が増えない。

抜け出すための対策はシンプルです。ナレッジの成果物を「読み物」で終わらせず一つひとつに「いつ使う場面か」「どんな演習で試すか」「誰がどの観点でレビューするか」「何ができたら合格か」を紐づけます。文書化と実践機会をセットで設計する、という発想です。なぜこの分解が役立つのかと言えば、「文書が足りない」のか「実践の場が足りない」のかを切り分けられるからです。多くの現場で足りないのは前者ではなく後者であり、そこに気づかないまま「もっと丁寧に書こう」と入口だけを厚くしても、結果は変わりません。

知識には5つの粒度がある(この記事の中心フレーム)

「性質の違い」をもう一段、実務で使える形に落とします。業務の知識は手のかり方で3つの群に分かれ、細かく見ると5つの粒度になります。聞き出せばそのまま書けるもの、根拠を添えれば書けるもの、聞き方を変えてはじめて書けるもの。この見分けがつくと、どこに時間をかけるべきかが決まります。

図解P1-6 マトリクス知識の5粒度×「書ける/書けない」

各粒度を、なぜ書けるのか・なぜ書けないのかまで見ていきます。

①明示ルール。数値や合否で言い切れる判断です。たとえば「在庫が安全在庫を下回ったら自動発注する」「申請額が10万円を超えたら部長承認」といったものです(汎用的な仮の例です)。聞けばそのまま書けますし書けば誰でも同じ結果を出せます。手はほとんどかりません。

②経験則。「この業種は決算期前に動きが鈍るから、見込みは保守的に置く」のような傾向の知識です(汎用的な仮の例です)。本人にとっては当たり前すぎて、聞かないと出てきません。書くときは結論だけでなく「なぜそう言えるのか」をセットにします。根拠が抜けると、若手は字面を覚えても前提が変わったときに自分で判断を更新できなくなります。たとえば「この業種は決算期前に動きが鈍る」だけを覚えた若手は、業界の決算期が変わったり商習慣が変化したりしたときに、古いルールを当てはめ続けます。逆に「決算期前は予算が締まって新規発注が止まりやすいから」という理由まで渡しておけば、若手は前提が変わったときに「なら今回は当てはまらない」と自分で判断できます。経験則は結論より理由のほうが継ぐ価値があります。

③パターン認識。「この決算書、なんとなく違和感がある」「この案件、嫌な感じがする」のように、本人も理由を言葉にできない直感です。ここがやっかいで、「書いてください」と頼んでも書けません。理由を聞いても「経験です」としか返ってきません。なぜ書けないのかには裏付けがあります。消防士や看護師など専門家の現場判断を研究した心理学者ゲイリー・クラインらの「自然主義的意思決定(NDM)」は、現場の熟達者が選択肢を一つずつ比べて選んでいるのではなく、目の前の状況を過去に経験したパターンと照合して、ほぼ瞬時に妥当な手を取り出していることを示しました(出典 Klein, G. 2016, “The Naturalistic Decision Making Approach,” Psychology Today)。本人の中では「比較して選ぶ」という言語化できる手続きを踏んでいないので、聞かれても説明のしようがないというわけです。ただし③は手が届かないわけではありません。後で見るように、聞き方を変えて「過去に似た場面はあったか」を引き出すと、その照合の中身が言葉になり、④の条件付きルールに変換できます(この変換の詳しいやり方は後の章で扱います)。

④条件付きルール。「売上が減っていても在庫も同時に減っているなら構造改革中と読む」のような、もし〜なら〜という形の判断です(汎用的な仮の例です)。条件と行動がはっきりしているので、聞き出せばそのまま書けますし若手はチェックリストとして使えます。③を変換した先がこの形です。

⑤トレードオフ判断。「スピードと正確性のどちらを優先するか」のように、相反するものの重み付けです。これも書けます。ただし「何によって優先順位が変わるか」という切り替えの基準を添える必要があります。「案件規模が大きいときは正確性、納期が迫る小口は速さ」のように、何を見て重みを変えるのかを明示します(汎用的な仮の例です)。重み付けの基準が抜けると、若手は「スピードと正確性のバランスを取る」という言葉だけを受け取り結局その場その場で迷うことになります。何を見て天秤の傾きを決めるのか、その「見るもの」を書くのが⑤を書くということです。

5つを通して見ると、書けるかどうかを分けているのは「条件が言葉になっているか」です。①④はもともと条件が言葉になっています。②⑤は条件はあるのに本人にとって当たり前すぎて言葉にしていないだけなので、根拠や基準を引き出せば書けます。③だけは、本人の中でも条件がまだ言葉になっておらず、過去の照合パターンとして眠っています。だから③は、聞き方を変えてその照合を言葉にする工程が要る。この一点が、③とそれ以外を分けています。

図解P1-7 要素分解 5粒度を「手のかり方」で3群に束ねる

整理すると、書くときの手のかり方で3つの群に分かれます。①と④は、聞き出せばそのまま文書になります。②と⑤は、根拠と重み付けの基準を添えれば書けます。やっかいなのは③だけで、これは聞き方を変えてはじめて書ける形になります。

「暗黙知の形式知化が難しい」と言われるものの正体は、この③(および⑤の一部)の扱い方にあります。①や②と同じように「書いてください」と頼んでも、③は書けないからです。だから出発点は自社の知識がどの粒度なのかをまず仕分けることです。仕分けをせずに全部を同じ「書く」で進めると、書ける①②④⑤に時間を取られている間に本当に失うと困る③が手つかずで残ります。

SECIモデルで扱える知識と扱えない判断

暗黙知と形式知の話題で必ず登場するのが、SECIモデルです。

SECIモデルは、野中郁次郎が提唱した組織で知識が生まれ広がる4段階のプロセス理論です(Nonaka, 1994)。

図解P1-8 サイクル図 SECIモデルの4段階(共同化→表出化→連結化→内面化)
  • 共同化(Socialization)一緒に体験することで、暗黙知が人から人へ移る(弟子入り・OJT)
  • 表出化(Externalization)対話や比喩を通じて、暗黙知を言葉にする
  • 連結化(Combination)言葉になった知識同士を組み合わせ、体系化する(マニュアル・データベース)
  • 内面化(Internalization)形式知を実践し、自分の暗黙知として身につける

世間で「形式知化」と呼ばれている作業は、この4段階のうち表出化に当たります。

そのうえで、この記事の軸はここにあります。SECIは”知識”の地図です。しかし、組織で本当に失われるのは”判断力(なぜそうするか)”であり、それはこの4段階のどこにも乗っていません。前章の5粒度で言えば、手順や基準といった知識はSECIの4段階で確かに共有・体系化できます。一方、「なぜそこで線を引くのか」という判断力は、表出化を頑張っても言葉になり切らず、連結化しても手順書の形式に収まりません。だから必要なのは、SECIの続き(内面化の追加)ではなく、対象そのものの置き換え、つまり知識の管理から、判断の継承へ、です。

なぜ「表出化だけ」で止まると困るのか、具体で考えます。表出化を頑張って、ベテランの語りを文章に起こせたとします。次の連結化で、その文章を他の手順書やFAQと組み合わせ体系的なマニュアルにまとめます。ここまでは整います。問題はその先です。例外時の判断、たとえば「数値は基準内だが、この取引先は前回と空気が違うから一段慎重に見る」といった判断は、文章にしても「総合的に判断する」までしか言葉にならず、手順書の項目に収まりません(汎用的な仮の例です)。マニュアルは完成したのに、肝心の判断は文書のどこにも残っていない。これが、前の章で名付けた表出化偏重トラップが起きている状態です。SECIの4段階を回したつもりでも、判断は地図の外にこぼれ落ちます。

なぜ連結化でも判断が拾えないのか、もう一段だけ補います。連結化は言葉になった知識同士を組み合わせて体系化する段階です。手順とFAQと規程を束ねて一冊のマニュアルにする、という作業がこれに当たります。組み合わせの素材は「すでに言葉になっているもの」なので、表出化でこぼれ落ちた判断は連結化の入力にそもそも含まれません。だから、いくら立派なマニュアル体系を作っても、例外時の判断はそこに現れないのです。これは作り手の手抜きではなく、表出化で言葉にできなかったものは連結化に渡らない、という工程の順番から来る構造的な抜けです。

誤解のないように添えておくと、これはSECIモデルの否定ではありません。知識の共有・創造の地図として、SECIは今も有効です(学術的には実証面からの批判的検討もありますが〔Gourlay, 2006〕、地図としての影響力は揺らいでいません)。この記事の整理は「SECIが間違っている」ではなく、「SECIが扱う対象の外側に、失われて困るものがある」というものです。地図そのものは正確でも、地図に描かれていない場所がある、という話です。だからこの記事は、SECIで描ける知識は素直にSECIで継ぎ、地図の外にある判断は別のやり方で継ぐ、という二段構えを取ります。共同化(一緒に働いて体で覚える)と内面化(実践して身につける)は地図の外にある判断を継ぐときにも効きます。ただし、これはSECIの輪を完成させれば判断まで渡るという意味ではありません。先に対象を判断として仕分け、誰の・どの条件での判断かを保った形に変換し、同じ判断が再現できるかを確かめる工程を別に置く、という意味です。最後まで言葉にならない部分は、共同化と内面化に頼ることになります。

図解P1-9 階層/二層図 SECIの地図(知識)と、その外にある判断力

形式知化できる範囲を広げる3つの手順

とはいえ、5粒度のうち①②④⑤は書けます。まずは言語化できる範囲を最大化するのが実務の基本です。書ける範囲を書き切ってはじめて「残ったのは本当に書けない③だけだ」と見極められます。順番が逆だと、書ける手順の文書化に追われている間に時間切れになり、いちばん継ぎたかった判断が手つかずで残ります。書けるものを先に片づけて、残りに集中する。この段取りのために、3つのステップで進めます。引き出す、言語化する、構造化する、の順です。

図解P1-10 ステップ/フロー 形式知化の3ステップ(引き出す→言語化する→構造化する)

ステップ1 質問の型で引き出す

最初の関門は、ベテランから知識を引き出すことです。ここで「あなたの暗黙知を教えてください」と聞いても、ほとんど何も出てきません。本人は自分の判断を意識していないからです。有効なのは、具体的な案件・場面に紐づけて聞くことです。

図解P1-11 ステップ/フロー 引き出しの質問5型(一般論→具体の一件→条件)

ヒアリングで判断を引き出すには順番が必要になる

いきなり判断の基準を尋ねても出てこないので、過去の具体的な案件を起点に差分・境界・例外を聞いていきます。やり方は次の5つの型に整理できます(このうちCDMはKlein, Calderwood & MacGregor (1989) のCritical Decision Methodに由来します。聞き方の5分類はこの記事独自の実務整理です。クラインらのNDM研究〔Klein, 1998/Klein, 2016〕は、時間圧や不確実性のある現場で、経験を積んだ意思決定者が状況の手がかりを再認して行動案を検討する過程を扱っています)。

1. 過去判断の再体験(CDM)「直近で印象に残っている判断をした案件を、一つ思い出してもらえますか。そのとき、最初に何を見て、次にどう動きましたか」。実際にあった一件を時系列で語り直してもらいます。一般論ではなく具体の一件に戻すと、本人がそのとき見ていた手がかりを尋ねやすくなります。ここで示す質問はCDM全体を簡略化した入口です。原法は、重要事象を選び、時系列を再構成し、複数のプローブで手がかり・目標・選択肢などを掘り下げます(Klein, Calderwood & MacGregor, 1989)。聞いた後は、出てきた手がかりを「何を見て・どう判断して・どう動いたか」のメモに残します。

2. 対比で聞く「うまくいったA案件と、失敗したB案件、何が違いましたか」。2つの案件を並べると本人が無意識に見ていた差分が言葉になります。

  • × 「どうやって判断していますか」(抽象的すぎて「経験です」で終わる)
  • ○ 「先月通したこの案件と、見送ったこの案件、最初に違うと感じたのはどこでしたか」(具体の2件に差分を語らせる)
  • 聞いた後は、出てきた「違い」を条件の候補としてメモに残します。

3. 境界で聞く(境界条件プロービング)「ギリギリでOKを出した案件はありますか。なぜOK側に倒したんですか」。判断の線引きがどこにあるかを引き出せます。

  • × 「どこまでならOKですか」(範囲を問われても答えにくい)
  • ○ 「これは通したけれど、あれは見送った。その2件の境目はどこでしたか」(実際の2件で閾値を語らせる)
  • 聞いた後は、その閾値を「○○なら通す/○○なら見送る」の形にメモします。

4. 仮想シナリオで聞く(反実仮想)「もし、この案件で売上が8%減っていたら、判断は変わりましたか」。実際には起きなかった条件を仮に置いて、判断の境目を増やしていきます。一件の案件からでも、条件を少しずつ動かすことで複数の場合分けが引き出せます。なぜ効くかと言えば、ベテランの頭の中には言語化されていない場合分けが多数あり仮の条件を当てると「それなら別」と反応が返るからです。聞いた後は、増えた場合分けを別々の条件としてメモします。

5. 例外で聞く「このルールが通用しなかったケースはありますか」。ルールの適用条件と限界を確認できます。標準手順だけ残しても、ベテランの価値が出るのは手順では決められない場面なので、例外こそ聞き出します。聞いた後は、例外は通常ルールと混ぜず、別の項目として分けて記録します。

5つの型は別々に使うものではなく、一つの面談の中で組み合わせて使います。順番としては、まずCDMで具体の一件を語ってもらい、その案件を起点に対比(他の案件との差)、境界(OKとNGの境目)、仮想シナリオ(条件を動かしたら)、例外(通用しなかった場面)と掘り下げていくと、無理なく深くまで届きます。一般論から入ると「経験です」で止まりますが、具体の一件から入って条件を一つずつ動かしていくと本人も気づいていなかった場合分けが次々に出てきます。面談の所要時間は、一つのトピックでだいたい30分から1時間を見ておくと条件を出し切れることが多いです。

正面から暗黙知を聞いても出てこない理由

正面から「あなたの暗黙知は何ですか」「判断の基準を教えてください」と聞いても、ほとんど何も返ってきません。理由は、本人がその判断を意識していないからです。③パターン認識は、本人の中で「比較して選ぶ」という言語化できる手続きを踏まずに過去のパターンとの照合でほぼ瞬時に答えが出ています(Klein, 2016)。意識に上らない処理を「説明してください」と頼まれても、説明する材料が本人の中にないのです。

だから、抽象的な問いを具体的な一件に戻すことが、すべての型に共通するコツになります。「どう判断していますか」ではなく「あのとき、なぜ止めたんですか」。範囲を問うのではなく、実在した一件の理由を問う。聞かれた側も、具体の案件を前にすれば「あのときはこの数字が引っかって」と語り出せます。判断基準が言葉にならないのは本人の説明が下手だからではなく、説明できる聞き方をされていないだけ、というケースがほとんどです。

ステップ2 粒度に合わせて言語化する

引き出した知識を5粒度のどれかに判定し、書き方を変えます。同じ「書く」でも、粒度ごとに書き方を変えないと読んでも動けない文書になります。

  • ①明示ルール・④条件付きルール→そのまま記述する
  • ②経験則・⑤トレードオフ判断→「なぜそう言えるか(根拠)」「何によって優先順位が変わるか(重み付けの基準)」とセットで記述する
  • ③パターン認識→この段階では書けないため、無理に書かず、次章の方法へ回す

ここで③を無理に文章化すると、何が起きるか。文書に残るのは「顧客の状況を総合的に判断する」「違和感があれば確認する」といった記述です。読んでも何を見て何をすればいいのかが分からず、若手は動けません。なぜこうなるかと言えば、③はまだ条件に分解されておらず本人の頭の中の照合をそのまま文字にしただけだからです。生成AIに渡しても同じで、「総合的に判断」としか書かれていなければAIも何を参照すればいいか分からず外します。情報はあるのに使い方が分からない、という解釈の失敗が起きます。

図解P1-12 対比表悪い記述(総合的に判断)→良い記述(条件+行動)

良い記述と悪い記述を、ビフォーアフターで比べてみます(汎用的な仮の例です)。

  • ✕ 悪い記述 「顧客の状況を総合的に判断して、必要なら与信を再確認する」
  • ○ 良い記述 「前年比で受注が減り、かつ担当者が3か月以内に交代した取引先は、与信を再確認する」

違いは、何を見るか(受注の前年比・担当者交代の有無)と、どうするか(与信の再確認)が条件と行動で書かれているかどうかです。良い記述のほうは、若手がそのまま判断の手がかりに使えますしAIにも参照させられます。この差を生むのが、前章の対比・境界・例外・仮想シナリオの質問です。悪い記述を良い記述に変えるには、「総合的に判断」の中身を質問で割っていきます。

そして、ステップ2には見落とされがちな仕事がもう一つあります。書けないものを「書けない」と判定することです。引き出した知識が③で、対比や仮想シナリオを尽くしてもまだ条件に割れないなら、無理に「総合的に判断」と書いて満足してはいけません。それは次章の変換工程に回す対象だ、と判定して保留します。見分け方はシンプルで、書いた文を若手に読ませて「これを読めば、自分で判断できますか」と聞き、「何を見ればいいか分からない」と返ってきたら、それはまだ③のままだということです。書けたつもりの文を増やすより、書けないものを正しく仕分けるほうが、後の工数を減らします。

判定が分かれるもう一つの場面が、社内用語の揺れです。同じものを部署によって違う呼び方で書いていると、書いた本人には通じても若手やAIには別物に見えます。たとえば「与信」「掛け売り審査」「取引可否チェック」が同じ業務を指しているのに混在していると、検索しても全部はヒットしません。言語化するときは、現場で実際に使われている呼び方に一つそろえ別名があるなら併記しておきます。中身を正しく書いても、呼び名がそろっていないと必要なときに見つからない文書になります。

ステップ3 探せる形に構造化する

最後に、書いたものを探せる形に整えます。ここを飛ばすと、せっかく書いた判断が文書のどこかに埋もれ、現場で参照されません。ポイントは、長文の読み物にしないことです。

判断の設計図で探せる単位にそろえる

長い議事録のままでは、必要なときに必要な判断にたどり着けません。そこで、業務ごとに判断を一枚のカードの形にそろえます。この記事ではこれを判断の設計図と呼びます(手順書が「やり方の順番」を書くものだとすれば、判断の設計図は「どんな観点で考え、どこで線を引くか」を書くものです。この整理は株式会社taiziiiの独自概念で、この記事ではその考え方を一般的に使える形にして紹介します)。

手順書と判断の設計図は役割が違います。手順書は、やることが決まっている作業を誰がやっても同じ順番で進められるように書きます。経費精算の入力手順や申請の承認フローがこれです。一方、判断の設計図が扱うのは、やり方の順番ではなく、どの観点で見てどこで線を引くか、という判断のほうです。同じ業務でも、通常案件は手順書で回り、例外案件は判断の設計図が要る、という分担になります。両方を一枚の長い文書に混ぜると、手順を探している人にも判断を探している人にも読みにくくなります。だから、手順は手順書に、判断は判断の設計図に、と置き場所を分けます。

図解P1-13 要素分解判断の設計図テンプレ(空欄カード+記入例カードの2枚)

判断の設計図は次の5つの要素で構成します。

  1. どんな状況のとき(誰が・いつ・なぜ・何について・通常か例外か)
  2. 何を手がかりに見るか
  3. どこまで許容し、どこからNGか(線引き)
  4. どの行動を取るか
  5. 1トピック1カード/例外は別カードで管理する

「どんな状況のとき」は、誰が・いつ・なぜ・何について・通常か例外かの5つで状況を固定します(WHO・WHEN・WHY・WHATに加え、通常案件か例外案件かのWHICHを足す、という整理です。これも株式会社taiziiiの独自概念に基づきます)。ここを曖昧にすると別の状況にうっかり同じルールを当てはめてしまうからです。

空欄テンプレと記入例を並べると書く単位がはっきりします(記入例は汎用的な仮の例です)。

空欄テンプレ

  • トピック名 (現場で実際に使う呼び方で)
  • 状況(誰が・いつ・なぜ・何について・通常か例外か)
  • 手がかり(何を見るか)
  • 線引き(どこまでOK・どこからNG)
  • 取る行動

記入例

  • トピック名 与信の再確認(既存取引先)
  • 状況 与信担当が/月次の取引先レビュー時に/焦げ付きを防ぐため/既存取引先の継続与信について/通常案件
  • 手がかり 受注の前年比・担当者の交代有無
  • 線引き 前年比で受注が減り、かつ担当者が3か月以内に交代→再確認する/どちらか一方だけなら通常どおり
  • 取る行動 与信枠を見直し、上長に再確認の起票をする

このカード形式にすると、現場では「探せる単位」で参照できます。長文を上から読まなくても、トピック名で引いて状況が合うカードを開けば、その場の判断に必要なことだけが載っています。この判断の設計図は、Excel付録「その知識は書けるか診断と判断の設計図」に、トピック名・状況・手がかり・OKの線・NGの線・取る行動の記入欄を備えたワークシートとして同梱しています。記入例と空のカードを並べてあるので、業務ごとに書き込んでいけます。

1トピック1カードにし、例外は必ず別カードに分けるのには理由があります。一枚に通常も例外も詰め込むと、条件が変わったときにどこを直せばいいか分からなくなり更新されないまま放置されます。逆に、一枚が一つの判断に対応していれば、市場や案件構成が変わったときに該当するカードだけを差し替えられます。更新しやすさは、その判断が現場で使われ続けるかどうかに直結します。

保管先は社内wikiやナレッジ共有ツールで十分です。特定の製品でなければならない理由はありません。成果を分けるのはツールの選定ではなく中身です。とくに判断の条件が書かれているかどうかです。同じカード形式でも、「総合的に判断」としか書かれていないカードは検索でヒットしても役に立ちません。「何を見て・どこで線を引くか」が入っているかどうかで、使えるカードかどうかが決まります。

構造化のときに、もう一つ意識したいのは「誰が・いつ・何に困って、このカードを開くか」です。書く側の都合で章立てすると使う側が探せません。たとえば与信のカードなら、若手が月次のレビュー中に「この取引先、続けて大丈夫か」と迷った瞬間に開く、という使う場面を思い浮かべて、その言葉でトピック名を付けます。使う場面から逆算して名前と粒度を決めると必要なときに必要なカードが見つかります。逆に、使う人が問いを持たないまま大量のカードだけ置いても参照されずに古びていきます。書いて置くことと、使われることは別なので、誰がどの場面で開くかまで設計に含めます。

形式知化できない判断をどう継ぐか

ここまでの3ステップで、明示ルール・経験則・条件付きルール・トレードオフ判断のように、根拠や基準を添えれば言葉にできる知識は、ひととおり文書に落とせます。残ったのは③パターン認識、つまり「なんとなく違和感がある」「経験です」としか語られない判断です。ここが本題です。

なぜここが本題かと言えば、組織が本当に困るのは、まさにこの③が継がれないときだからです。前のほうで見た当社調査でも、引き継ぎで不足していた上位項目は、例外時の判断や着眼点といった③に近いものでした(株式会社taiziii調べ・管理職200名・インターネット調査)。手順は文書で残せても、③が残らないとその人が抜けた瞬間に例外案件が止まります。逆に言えば、③を継ぐ方法さえ持てば属人化のいちばん痛い部分に手が届きます。

③はそのままでは書けないだけで、手が届かないわけではありません。対話で条件に分解すれば、④条件付きルールに変換できます。

図解P1-14 ステップ/フロー ③パターン認識を質問で④条件付きルールに変換する流れ

実例を1つ、丁寧に見てみましょう。あるベテランが決算書を見て、「この会社は、なんとなく違和感がある」と言うとします。ここで「違和感の正体を教えてください」と聞いても、答えは出てきません。聞き方を変えます。

「過去に、同じ違和感を覚えた案件はありますか」「ありますよ。売上は伸びているのに、営業キャッシュフローが2期連続でマイナスだった会社です」

この答えが出た瞬間、「なんとなく」は「売上増かつ営業キャッシュフロー2期連続マイナスなら深掘りする」という条件付きルールに変換できます。この形になれば、若手はチェックリストとして使えますしAIにも参照させられます。

最初の「なんとなく違和感がある」は③パターン認識でした。本人の頭の中で、過去に痛い目を見た会社のパターンと、いま見ている決算書が照合され警告だけが意識に上っている状態です。照合のもとになったパターンは「売上が伸びているのに営業キャッシュフローがマイナス」という具体の形を持っていました。質問でその具体に戻したことで頭の中にあった照合の中身が「条件」として外に出てきたわけです。出てきた条件を「もし〜なら〜する」の形に整えれば、④条件付きルールになります。③から④への変換とは、本人の中で言葉になっていなかった照合パターンを、過去の具体案件を経由して条件の形に取り出す作業だ、と言えます。

ここで大事なのは、若手に渡すのは「違和感を持て」ではなく「この条件を満たしたら深掘りせよ」だという点です。違和感そのものは経験を積まないと持てませんが、条件のほうは経験の浅い若手でも確認できます。ベテランが何年もかけて身につけた照合パターンの一部を、若手が経験を待たずに使える形に移し替える。これが、書けない判断を継ぐということの中身です。

この方法には関連する理論的背景があります。ゲイリー・クラインらは、消防士や看護師など、時間圧や不確実性のある現場で経験を積んだ意思決定者を研究してきました。自然主義的意思決定(NDM)研究では、そうした状況で、手がかりから状況を再認し、最初に思い浮かんだ実行可能な行動案を心的にシミュレーションするRPDモデルが示されています(Klein, 1998/Klein, 2016)。これは熟達者の判断や直感すべてを単一の仕組みで説明するものではありません。過去の重大な判断場面を再体験してもらい、手がかりや目標を複数の質問で掘り下げる方法は、CDMの原典で整理されています(Klein, Calderwood & MacGregor, 1989)。

1人のベテランに聞いても、判断の条件が出尽くさないときはどうするか

一人の経験には限りがあるので、出てきた条件が「これで全部」とは限りません。引き出した条件が少ないと感じたら、二つのやり方で別のパターンを引き出します。

一つは、前に挙げた仮想シナリオ(反実仮想)です。「もし売上が8%減っていたら、この判断は変わりましたか」と、実際には起きなかった条件を当てます。条件を少しずつ動かすと本人も意識していなかった場合分けが「それなら別ですね」と出てきます。先ほどの決算書の例なら、「売上が横ばいで営業キャッシュフローが1期だけマイナスならか」「在庫が同時に増えていたらか」と振っていくと、深掘りの条件が枝分かれしていきます(汎用的な仮の例です)。

もう一つは、引き出しが尽きたかどうかの目安を持つことです。新しい質問をしても、すでに出た条件の言い換えしか返ってこなくなったら、その人からの引き出しはおおむね飽和したと判断できます。逆に、新しい条件がまだ出てくるなら、続ける価値があります。一人で尽きたと感じたら、別のベテランにも同じ案件を見てもらい条件が増えるかを確かめます。

複数のベテランで基準が食い違ったら、どちらに合わせればいいのか

どちらかに合わせる必要はありませんし、平均して一本にまとめてもいけません。変換のときに守りたいのは、複数のベテランで基準が違っても平均して一本のルールにまとめないことです。

図解P1-15 対比表 ×平均して一本化/○帰属を保って別々のルールに残す

先ほどの決算書の例で言えば、Aさんは「営業キャッシュフローが2期連続マイナスなら深掘りする」、Bさんは「1期でも売上が前年割れなら深掘りする」のように、そもそも見ている条件そのものが違うことがあります。これを「だいたい同じだから」と一つの数値や一本の基準に丸めると消えるのは数値ではありません。各自が何を見て線を引いていたか、その条件が消えます。こうなると、どちらの判断の根拠も追えなくなります。

なぜ帰属を保つことが大事なのか、もう一段で言えば、判断の正しさは「誰が・どの条件で見たか」とセットで初めて検証できるからです。Aさんのルールが現場で外れたとき、「Aさんは営業キャッシュフローを見ていた」と分かっていれば、その条件のどこを直すかを議論できます。平均して「だいたいこのくらい」と丸めた一本のルールは、外れても誰のどの条件が原因か追えず、直しようがありません。だから、誰の・どの条件での判断かの帰属を保ったまま、別々の条件付きルールとして残します。例外は必ず別に分けます。複数の基準が併存していること自体は、現場では当たり前のことで、無理に統一する必要はありません。

条件付きルールに変換できても、それで終わりではありません。案件の構成や市場が変われば線を引く条件も変わります。一度書いたルールが半年後も一度も見直されていないなら、おそらく現場では使われていません。逆に、書いたものが更新され続けているなら、その判断はまだ生きて継がれています。

条件付きルールに直したあと、現場で使われ続けさせるには何が必要か

条件付きルールに変換しただけでは、棚に置いた文書と同じで、使われずに古びていきます。使われ続けさせるには、書いたものが現場の利用結果でメンテナンスされる流れを最低限つくります。

具体的には、3つを決めておきます。第一に、誰がそのカードのオーナーかを決めます。第二に、現場でルールが外れたときに誰にどう修正を申し出るかの経路を決めます。第三に、いつ見直すか(たとえば四半期ごと、または対象市場に大きな変化があったとき)を決めます。これらがないと、ルールは正しかった瞬間のまま固定され、状況が変わっても誰も直さず、やがて「現場と合わない文書」になって参照されなくなります。

もう一つ、使われ続けるかどうかを左右するのが、受け手の側の問いです。条件付きルールは、使う若手が「この判断、自分ならどうするか」という問いを持っているときにこそ使われます。問いを持たない人にカードを渡しても開かれません。だから、若手に小さな判断の責任を早めに任せ、実際に迷う場面を作ることが、ルールを使わせる近道になります。困ったことがある人は、答えのありかを自分から探します。逆に、困っていない人にいくら良いカードを用意しても参照は定着しません。書く側だけでなく、使う側が問いを持てる状況を作ることまでが、継承の設計に入ります。

書いて終わりにせず、使われた結果が書き手に戻ってくる流れを設計しておくこと。これが、変換した判断を継承につなぐ最後の一歩です。

この方法には限界もあります。これを使っても、全部は言語化できません。長年の身体感覚や場の空気の読みのように、最後まで言葉にならない部分は残ります。そこは実践の場とフィードバックで継ぐしかありません。文書化と実践機会は、セットで設計するものです。書ける部分は条件付きルールにし、どうしても残る身体感覚は実践で継ぐ。この二段構えが現実的です。

その知識が書けるかを見抜く10問

ここまでの仕分けを自社で試すためのチェックリストです。対象の業務を1つ思い浮かべて、10問に「はい/いいえ」で答えてください。「いいえ」が付いた設問で、その知識の扱い方が判定できます。各設問には、「いいえ」だったときの次の一歩を添えています。この診断は、Excel付録「その知識は書けるか診断と判断の設計図」としても用意しています。「はい/いいえ」の記入欄と判定の見方を表にまとめてあるので、印刷して業務ごとに使えます。

  1. その業務には、数値やYes/Noで言い切れる判断基準がある(いいえ→①型ではない。設問4以降で粒度を見極める。次の一歩 まず明示ルールがある業務から仕分けを始める)
  2. その基準だけで、例外のない案件なら新人でも処理できる(いいえ→手順の記述が不足。まず①④型の文書化から。次の一歩 通常案件の手順を書き切ってから例外に進む)
  3. 「ただし〜の場合は別」という例外の条件が、文書に書かれている(いいえ→④型の追記余地。次の一歩 例外条件を「例外で聞く」質問で引き出して別カードに書く)
  4. 例外対応のやり方を、本人以外のメンバーが説明できる(いいえ→③型の疑い。次の一歩 対比・境界・例外の質問で条件に分解する)
  5. 「なぜその基準なのか」の根拠が、文書に書かれている(いいえ→②型。次の一歩 根拠とセットで書き直し、前提が変わったとき更新できるようにする)
  6. 優先順位を何で切り替えるか(スピードか正確性か等)を、本人が言葉にできる(いいえ→⑤型の重み付けが暗黙。次の一歩 「何を見て重みを変えるか」を聞き出して明示する)
  7. 判断の理由を聞かれたとき、本人は「経験です」以外の言葉で説明できる(いいえ→③型。次の一歩 過去の具体案件に戻して対比・境界・例外で引き出す)
  8. 過去の「ギリギリで通した/見送った」案件を、理由付きで挙げられる(いいえ→③型。次の一歩 境界の質問から始め、2件の境目を聞く)
  9. 同じ状況なら、担当者が違っても判断はおおむね一致する(いいえ→人ごとに基準が異なる。次の一歩 平均せず、帰属を保って別々のルールとして残す)
  10. その人が不在の日でも、例外案件が止まらずに処理できている(いいえ→③型の判断が未継承。次の一歩 継承の優先対象として、その業務から着手する)
図解P1-20 要素分解診断10問の判定(A:すぐ書ける/B:根拠を添えれば/C:対話で引き出す)

判定の目安

  • A 今すぐ文書化できる(①④型)…1〜3がおおむね「はい」
  • B 根拠を添えれば文書化できる(②⑤型)…5・6に「いいえ」が付く
  • C 対話で引き出す必要がある(③型)…4・7・8・10に「いいえ」が付く

最初に着手すべきなのは喪失影響の大きい業務である

診断でA・B・Cが分かったら、次は着手順序です。すべてを一度にやろうとすると、業務の数だけ仕分けが膨らみ、プロジェクトが肥大化します。順序の付け方はシンプルで、「その知識が失われると、どの業務がどれだけ困るか」が大きいものから1つ選びます。

図解P1-16 マトリクス喪失影響先行マップ(喪失影響の大小×書ける/書けないで着手順を決める)

この記事ではこの優先順位の付け方を喪失影響先行マップと呼んで整理します(何を知っているかの棚卸しより先に、失うと何が壊れるかを定義する、という考え方です。命名はこの記事独自の整理で、土台は知識継承を「保存」でなく「失うと困る能力の特定」から始めるべきだという整理にあります)。

喪失影響の大きさは、いくつかの問いで見当がつきます。その知識が失われると、どの売上・品質・顧客対応が崩れるか。若手が一人前になるまでの期間がどれだけ延びるか。外部採用や外注で補えるか、それとも社内のこの人しか持っていないか。これらに「影響が大きい」「補えない」と答えるほど、優先度は上がります。逆に「重要そうだから」という曖昧な理由で全部を残そうとすると、希少な判断も一般的な手順も同じ棚に並び、優先順位が見えなくなります。

判定がCで、しかも設問10(その人が不在でも例外案件が止まらないか)が「いいえ」の業務は、最優先候補です。書けていない判断(C型)であり、かつその人が抜けると止まる(喪失影響が大きい)という、二つの条件が重なっているからです。逆に、判定がAで誰がやっても結果が同じ業務は、急いで継ぐ必要はありません。影響の大きい1業務から始め、そこで5粒度の仕分けと条件付きルールへの変換を一巡させてから、次の業務に広げます。一巡やってみると、自社の判断がどのくらい条件に割れるか、どこで割れずに残るかの感覚がつかめます。その感覚を持って2業務目に進むと、最初よりずっと速く回せます。

AIで暗黙知は形式知化できるのか

「生成AIに社内文書を読み込ませれば、暗黙知を形式知化できるのではないか」という問いをよく聞きます。結論を言えば、文書を読み込ませるだけでは、暗黙知は出てきません。理由は単純で、暗黙知は文書に書かれていないからです。書かれていないものは、どれだけ高性能なAIでも参照のしようがありません。

ここを取り違えると、期待と結果がずれます。AIに社内文書を全部読ませれば、ベテランの判断まで吸い上げてくれる、と考えたくなります。けれども、文書に入っているのは①明示ルールや手順といった、すでに言葉になっている知識です。③パターン認識のように、ベテランの頭の中だけにあって文書化されていない判断は、入力に存在しないので出力にも現れません。AIは、ないものを生み出すのではなく、あるものを探して並べ替える手段です。だから、暗黙知を扱いたいなら、まず人への質問でそれを言葉にし、文書の側に入れてやる必要があります。順番は、AIに読ませる前に、人から引き出す、です。

一方で、AIには適した役回りがあります。「聞き手」です。前章の対比・境界・例外といった質問を生成し、ベテランの答えをさらに深掘りし出てきた内容を条件付きルールの形に整理する。こうした補助は、AIが得意とするところです。

ここで線を引いておきたいのは、AIがやるのは判断ではなく、材料の提示と問いかけだということです。AIは「この案件は通すべきです」と決めるのではなく、「過去に似た条件の案件はこれだけあります」「この点はまだ条件が決まっていません」と材料を並べ、問いを返します。決めるのは人です。たとえばベテランへのヒアリングで、AIが「その判断、もし売上が減っていたら変わりますか」と問いを投げ、ベテランの答えを条件の候補として書き留める。あるいは、出てきた条件に矛盾がないかをAIが指摘し、人が確認して直す。AIは引き出しと整理を支える側に置き、最後の線引きは人が握る。AIに線引きまで任せてしまうと、なぜその判断なのかを誰も説明できなくなり現場で修正もできなくなります。

AIに任せるほど若手の判断力が育たない理由

AIに任せると若手の判断力がかえって育たなくなるのではないか、と考える方もいるかもしれません。これは検討すべき懸念です。AIを「答えだけを返す支援手段」として使う運用では、若手が自分で仮説を立てて検証する機会が減る可能性があります。

図解P1-17 ステップ/フロー AI仲介による理解空洞化の3段階(入口→抜け落ち→結果)

この記事では、この可能性を「AI仲介による理解空洞化」と呼んで整理します。これは実証済みの現象名ではなく、AIが専門家から後継者への知識の受け渡しを介在・代替すると、人が知識対象を理解する機会を失うおそれがあるという理論的な懸念を、実務向けに表した名称です(Scibelli & Stevens, 2025。同論文はレビューであり、因果を検証した一次研究ではありません)。中身は3つに分解できます。

  1. 入口 AIが原因候補・手順・回答を即座に提示する。初動は速くなり、若手もすぐに「それらしい答え」を得られる。
  2. 抜け落ち若手が自分で仮説を立て、試し、外し、考え直すという試行錯誤を経験しない。だから判断の原理が身につかない。
  3. 結果通常時は回るが、AIが答えを持たない例外時に止まる。あるいはAIの答えを検証せず受け入れる依存が進む。

抜け出す鍵は、AIを「理解を省略する支援手段」ではなく「理解を検査し、深める支援手段」として使うことです。順番を変えるだけで、同じAIが逆の働きをします。先に人間が考え、後でAIに当てる。具体的な使い方を、3ステップの会話例で示します(汎用的な仮の例です)。

図解P1-18 ステップ/フロー 育つAIの使い方(若手が考える→AIが材料→ベテランが線引き)
  1. 若手が、設備異常の原因仮説を自分で3つ出す(先に人間が考える)。
  2. AIが、過去の類似条件や関連事例を並べる(人間の仮説と突き合わせる材料を出す)。
  3. ベテランが、若手の見落としや、AIが並べた事例との違いを指摘する(人が判断し、理由を言葉にする)。

この順番なら、AIは若手の思考を肩代わりするのではなく、思考を広げる側に回ります。AIに「正解を出させる」のではなく、「反例を出させる」「なぜそう言えるかを問い返させる」使い方にすると、若手は答えを受け取るだけでなく、自分の仮説を検証する経験を積めます。

AIに渡すときは、絞ってトピック単位で渡す

AIを聞き手・整理役に使うとき、もう一つ実務で効くコツがあります。一度に大量の文書を渡すのではなく、絞ってトピック単位で渡すことです。AIが外すときの外し方は、大きく2種類に分けて考えると対策が立てやすくなります。

図解P1-19 対比表 AIが外す2種類(参照の失敗/解釈の失敗)と対策

一つは参照の失敗です。必要な情報がどこかにはあるのに、AIがそこにたどり着けず埋もれてしまう外し方です。社内文書を丸ごと読み込ませると起きやすく、情報を増やすほど目当ての一文が見つかりにくくなります。対策は、絞って渡すこと、トピック単位に分けて渡すことです。

もう一つは解釈の失敗です。情報には辿り着けたのに使い方が分からず外す外し方です。例外と通常が同じ文書に混ざっている、社内用語が揺れている、「総合的に判断」としか書かれていない、といった場合に起こります。対策は、前章の判断の設計図のように「いつ・何を見て・どこで線を引くか」を条件で固定しておくこと、例外は別カードに分けること、用語を現場の言い方で一つにそろえることです。

具体で言えば(汎用的な仮の例です)、与信判断について聞きたいのに、規程・FAQ・過去の議事録を全部まとめて渡すと、AIは関係の薄い箇所まで読んで的外れな回答をします(参照の失敗)。一方、「与信の再確認」というトピックのカードだけを渡しても、そこに「前年比で受注が減り、かつ担当者が3か月以内に交代したら再確認」と条件で書かれていなければ、AIは「状況に応じて確認」としか答えられません(解釈の失敗)。両方を避けるには、トピックで絞って渡し、かつそのトピックの判断が条件で書かれている状態にしておくことです。AIに渡す前の整理が、AIの当たりやすさを決めます。

なお、AIが整理して出してきた条件付きルールも、最後にそれでよいと受け入れて判断するのは人です。受け取った側が、なぜその条件で線を引くのかを理解し、現場で修正・運用できなければ、いくら整った文章でも使えるルールにはなりません。継承がどこまで進むかは、最後にそれを受け入れる人が判断できる範囲で決まります。

AIで暗黙知をどこまで形式知化できるのか、その可能性と限界は、別記事「暗黙知はAIで形式知化できるのか」で掘り下げています。

よくある質問

Q. 暗黙知と形式知の違いは何ですか

A. 言葉になっているかどうかです。暗黙知は経験や勘に基づき本人もうまく言語化できていない知識です。形式知は文章・数値・図表で表現され、誰でも読んで参照できる知識です。詳しくは「暗黙知とは何か」の章をご覧ください。

Q. 暗黙知と形式知は誰が提唱したのですか

A. 概念を提唱したのは科学哲学者のマイケル・ポランニーです。経営理論に展開したのが野中郁次郎で、暗黙知と形式知の相互変換から組織の知識が生まれるとする知識創造理論を発表しました。

Q. 暗黙知を形式知に変えるサイクルとは何ですか

A. SECIモデルと呼ばれる、共同化→表出化→連結化→内面化の4段階です。世間で「形式知化」と呼ばれる作業は、このうち表出化に当たります。ただし、例外時の判断力はこの地図が扱う対象の外にあるため、対話による条件分解という別の工程が必要です。

Q. 暗黙知の引き出し方

A. 「あなたの暗黙知を教えてください」とは聞かないことです。本人は意識していないため、答えられません。具体的な案件に紐づけて、対比(うまくいった案件と失敗した案件の違い)・境界(ギリギリの判断の理由)・例外(ルールが通用しなかったケース)の3つの型で質問します。詳しい聞き方は「引き出す 質問の型」の章で5つの型として解説しています。

Q. 暗黙知を形式知化すると、結局どうなるのですか(得られるものと残るもの)か

A. 得られるのは、書ける範囲(明示ルール・経験則・条件付きルール・トレードオフ判断)が文書として共有・検索できるようになり、若手が同じ判断を再現しやすくなることです。一方で残るのは、長年の身体感覚や場の空気の読みのように、最後まで言葉にならない部分です。そこは実践とフィードバックで継ぐしかありません。「全部書けるはず」と構えるのではなく、書ける範囲を書き切り、残った判断は質問で条件化し、それでも残る部分は実践で継ぐ、という三段構えが現実的です。

Q. なぜ暗黙知は共有されないのですか(短く言うと)か

A. 性質の違う知識を、同じ「書く」というやり方でまとめて扱っているからです。手順は書けば伝わりますが、判断は書いただけでは伝わりません。当社調査でも、引き継ぎで不足していた上位項目はすべて判断に関わるものでした(株式会社taiziii調べ・管理職200名・インターネット調査)。詳しくは「なぜ暗黙知は共有されないのか」の章をご覧ください。

Q. 暗黙知を継承するには、何から始めればいいですか

A. 書く前の仕分けから始めます。まず影響の大きい業務を1つ選び、その知識が5粒度のどれかを診断します。書けるもの(①②④⑤)は3ステップで書き切り、書けないもの(③)は対比・境界・例外などの質問で条件付きルールに変換します。複数のベテランで基準が違うときは平均せず、帰属を保って別々に残します。記事末尾の診断10問を使うと、自社のどこから着手すべきかが具体的に見えてきます。

形式知化は書く前の仕分けで決まる

「暗黙知の形式知化が難しい」の正体は、性質の違う知識を「書く」という一つのやり方でまとめて扱ってきたことにありました。明示ルールと条件付きルールは、そのまま書けます。経験則とトレードオフ判断は、根拠と重み付けの基準を添えれば書けます。そしてパターン認識の判断は、書く前に、対比・境界・例外の質問で条件に分解する工程が必要です。その際、人によって違う基準は平均せず、帰属を保ったまま残します。

この記事で整理した内容は、次に知識継承の業務に向き合うときに、こんな順で使ってみてください。

  1. 影響の大きい業務を1つ思い浮かべ、記事末尾の診断10問に答えます。
  2. その業務の知識が①〜⑤のどの粒度かを仕分けます。
  3. 書ける①②④⑤は「何を見て・どこで線を引くか」を条件と行動の形で書き出します。
  4. 書けない③は、過去の具体案件に戻して「あのとき、なぜそう判断したのか」を質問し、条件付きルールに直します。
  5. 複数の人で基準が違ったら、平均せず別々のカードとして残します。

ここまで進めると、最初の一業務の判断の設計図が一枚できます。

文書が増えたのに判断できる人が増えていないなら、それは努力不足ではなく、仕分けをせずに書き始めたという順番の問題です。これまで徒労に感じていたとしても、進め方の順番を変えれば、止まっていた継承は動き出します。「書けるもの」を書き切り、「書けないもの」は聞き方を変える。まずは影響の大きい業務を1つ、その一歩から始めてみてください。

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※この記事は、知識ではなく”判断力”の継承に取り組む株式会社taiziiiが運営しています。自社の知識が「書けるか・書けないか」を仕分けられる「その知識は書けるか診断(10問)」の配布版は、こちらからダウンロードできます

出典・参考文献

加藤晃寿郎

この記事の執筆者

加藤晃寿郎

株式会社taiziii 代表取締役 慶應義塾大学で経済学を専攻しながら、エンジニアとして在学中にコスメ系アプリ事業で起業。 上記起業を経て、再度在学中にシステム開発会社を創業。Webのフロント開発からバックエンド開発まで、あらゆるWeb開発、幅広く対応可能なオールラウンダーとして活躍。 大規模開発のためのエンジニアチームを持っているという特性も活かしながら、外部CTOとしても多くの企業の開発課題を解決してきている。 StockSunを含め複数社の事業新規立ち上げ、開発支援を行っており、ビジネス設計を含めた設計及び開発までワンストップで対応している。

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