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技能伝承のデジタル化はどこまで有効か。動画・VR・AIの効果と限界
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技能伝承のデジタル化はどこまで有効か。動画・VR・AIの効果と限界

この記事の要点

  • ものづくり企業の83.7%は何らかの工程でデジタル技術を活用済み。ただし実感されている効果は作業効率や品質の改善が中心(JILPT調査)
  • 動画は見える動作の再現、VR・メタバースは危険作業や反復訓練の場づくり、AIは言葉になっていない知見の引き出しと、手段ごとに残せる対象が違う
  • どの手段でも残りにくいのは条件分岐と例外時の判断。引き継ぎで不足した観点の最多は「例外発生時の判断の基準」40.5%(株式会社taiziii調べ)
  • 記録された動作と「なぜそうするか」は別物。動画や手順書を整備しても、判断の基準は自動では移らない
  • 実務の設計は「動作は動画、訓練の場はVR、判断は対話」という切り分けが起点。言語化した後の検証と運用まで含めて計画する
  • 大成建設・日本製鉄・今野製作所など公開されている取り組みは、いずれも対象を絞って手段を対応させている
加藤晃寿郎氏のプロフィール写真

運営者プロフィール

加藤晃寿郎(株式会社taiziii 代表取締役)。慶應義塾大学経済学部出身のエンジニア。在学中のスタートアップ設立、フリーランスを経てシステム開発会社を創業。企業のAI導入支援と、判断継承AIプラットフォーム「SkillRelay」の開発に従事。

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動画も手順書もそろえたのに、なぜ若手は例外が起きるたびにベテランを呼びに行くのでしょうか。

熟練者の作業を動画で撮り、紙の手順書を電子化し、VR研修やAIによる暗黙知の抽出まで調べてきた職場は少なくないはずです。手が足りない分をデジタルで補うのは自然な進め方で、ものづくり企業の83.7%はすでに工程・活動のいずれかでデジタル技術を活用しています(JILPT調査)。

ところが、動画の本数が増えても現場からの確認は減りません。この傷は許容範囲か、この音は様子見でよいか。判断を求められる場面になると、若手は映像を見返しても決められず、ベテランの手を止めて聞きに行きます。そのベテランが定年を迎えたとき、例外の場で決められる人が現場からいなくなります。

映像にも操業データにも残っているのは、熟練者が何をしたかです。残っていないのは、なぜその手を選び、どの条件で切り替えたのかという判断のほうです。この記事では、動画・VR・AIが何を残せるのかを横並びで比べ、どの手段でも残らない条件分岐と例外時の判断を調査データで確かめます。そのうえで、手段を組み合わせる設計と、公開されている企業・公的機関の取り組みを整理します。

出典 労働政策研究・研修機構(JILPT)調査シリーズNo.265「ものづくり産業の人材育成・処遇とデジタル化に関する調査結果」・2023年11〜12月実施/2026年3月公表 https://www.jil.go.jp/institute/research/2026/265.html

技能伝承のデジタル化は広がったが効果は作業効率に集中している

デジタル活用は83.7%。ただし実感されている効果は作業効率が中心

ものづくり企業のデジタル活用は、すでに8割を超えています。労働政策研究・研修機構(JILPT)は2023年11月〜12月、有効回収3,366社の調査を実施しました。工程・活動の1つでもデジタル技術を活用している企業は83.7%で、導入自体はもう特別な取り組みではありません。

一方、活用の効果として挙がった上位は「作業負担の軽減や作業効率の改善」58.5%、「品質の向上」39.2%、「在庫管理の効率化」38.7%です。並んでいるのは作業と管理の改善で、技能の伝承は上位に入っていません。デジタル技術を入れれば熟練者の技能も次の世代に移る、とはこの調査からは言えません。

出典 労働政策研究・研修機構(JILPT)調査シリーズNo.265「ものづくり産業の人材育成・処遇とデジタル化に関する調査結果」・2023年11〜12月実施/2026年3月公表 https://www.jil.go.jp/institute/research/2026/265.html

OJTだけで伝承が回らなくなった原因は人数構成の変化にある

2019年版ものづくり白書によると、2018年度調査の時点で、技能継承に問題のある事業所の割合は製造業が86.5%と産業別で最も高くなっていました(原資料は厚生労働省「平成30年度能力開発基本調査」)。建設業でも、就業者の約4割を55歳以上が占める一方、29歳以下は約1割にとどまります。効果が作業効率に偏っていても各社がデジタル化へ向かうのは、この年齢構成のもとで従来のやり方が続かなくなっているからです。

OJTは、教える側と教わる側が同じ現場で長い時間を過ごせて初めて成り立つ方法です。教える側のベテランが定年を迎え、教わる側の若手が少ないとなると、この前提が崩れます。マンツーマンで数年かけて伝える余裕は失われました。その分を動画・VR・AIで補えないか、というのがデジタル化の出発点です。人数構成の変化と2025年問題の関係は、製造業・建設業の技能伝承が止まる構造で扱っています。

出典 経済産業省・厚生労働省・文部科学省『2019年版ものづくり白書』 https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2019/honbun_pdf/pdf/honbun_01_03_01.pdf

出典 国土交通省「第三次・担い手3法 改正の背景」 https://ninaite-sanpo.mlit.go.jp/background/

動画・VR・AIが残せるものと残せないものの境界

図解 動画・VR・AIが残せるものと限界(3系統は残せる対象が違う。判断の基準はどの手段でも自動では残らない)

技能伝承に使われるデジタル手段は、大きく動画(モーションキャプチャを含む)、VR・メタバース・AR、AIの3系統に分かれます。この3系統は、残せる対象も向いている技能も同じではありません。

動画とモーションキャプチャが残せるのは目に見える動作である

動画が得意とするのは、目に見える動作の記録と再生です。手元の動き、作業の順序、工具の使い方は、文章で説明するより映像で見せるほうが正確に伝わります。教える側がその場にいなくても、教わる側は何度でも見返せます。

モーションキャプチャを使うと、目視では捉えきれない動きの違いも比較できます。従業員39名の今野製作所は、熟練技能者の動作をモーションキャプチャで可視化し、若年技能者の技術力強化と社内の技能継承につなげています。

出典 経済産業省・厚生労働省・文部科学省『2024年版ものづくり白書』(厚生労働省パート)

ただし、映像に残るのは動作そのものです。熟練者がその動作を選んだ理由や、状況が変わったときの切り替えの基準までは、カメラに映りません。

VR・メタバース・ARが作れるのは記録ではなく訓練の場である

VRやメタバースを使うと、実機や実際の現場を使わずに作業を繰り返し練習できる環境を作れます。失敗が事故につながる作業や、実機での練習機会を確保しにくい作業に向いています。

大成建設は、メタバース空間上でコンクリート打設の技能を学ぶプログラムを開発し、協力会社組織(倉友会)の新規入職者研修に導入しました。「打設」「叩き」「均し」「仕上」の各作業を学び、モーションキャプチャで研修生の動作を再現して確認できる内容です。

出典 大成建設ニュースリリース・2024年6月25日 https://www.taisei.co.jp/about_us/wn/2024/240625_9996.html

訓練効果を数値で検証した公的な例もあります。職業能力開発総合大学校が開発したARアプリの効果検証では、施工実習の組立所要時間が35%短縮されました。同校の塚崎准教授らは、Kinectを使ってかんな掛けの姿勢を熟練者と未熟練者で比べ、違いを見える化する動作解析にも取り組んでいます。

出典 経済産業省・厚生労働省・文部科学省『2019年版ものづくり白書』(コラム「技能科学による技能継承」) https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2019/honbun_pdf/pdf/honbun_01_03_01.pdf

一方で、VRやメタバースが作れるのは練習の場までです。訓練メニューに何を組み込むか、熟練者のどの技能を教材にするかは、導入する側が設計します。訓練を繰り返せば判断も身につくのではないか、という期待もあります。ただ、訓練に組み込めるのは、あらかじめ言葉になった手順と基準までです。判断基準を言葉にする作業そのものは、VRやメタバースの守備範囲に入っていません。

AIが担うのは判断の代行ではなく可視化と整理である

AIの役割は、これまで言葉にも数値にもなっていなかった部分を扱える形にすることです。方向は大きく2つあります。操業データを解析して熟練者の操作を可視化する方向と、熟達者の着眼点や考え方を対話で引き出して整理する方向です。

前者の例が日本製鉄です。同社は重機操業をAIでデジタル化し、熟練作業の技能伝承につなげる基盤構築の実証実験を2022年2月から東日本製鉄所君津地区で始めました。対象は、千度を超える高温の溶融物を扱うスラグ分離作業で、勤続10年以上の作業員がもつ操業技術を可視化しています。

出典 日本製鉄ニュースリリース・2022年3月9日 https://www.nipponsteel.com/news/20220309_100.html

後者は、操業データには残らない部分を扱う方向です。何を見て、何と比べて、どの条件で手を変えたのか。熟達者が自分でも意識していない着眼点を質問で引き出し、標準的な用語や数値の表現に置き換えていきます。センサーやログが整っていない工程、判断の頻度が低く記録の母数が集まらない作業では、こちらが現実的な選択肢になります。

どちらの方向でも、AIが判断を代行しているわけではありません。AIが担うのは、データの可視化や着眼点の整理といった、判断の材料を扱える形にする役割です。判断そのものは引き続き人が担います。

3系統の限界は判断の基準が残らない一点に集まる

3系統の守備範囲を一覧にすると、次のようになります。

手段 残せる・作れるもの 向く技能・場面 限界
動画・モーションキャプチャ 目に見える動作、作業の順序、手元の動き 手作業の型、設備操作、繰り返し確認したい作業 動作を選んだ理由や条件の切り替えは映らない
VR・メタバース・AR 反復訓練の場、危険作業の疑似体験 失敗が事故につながる作業、実機を使いにくい訓練 練習環境の提供が主で、判断基準の言語化は別途必要
AI(解析・対話) 操業データの可視化、着眼点や思考の整理 データのある作業、言葉になっていない着眼点の引き出し 引き出した内容の検証と運用は人が設計する

表の右端に並んだ限界は、表現こそ違いますが同じことを言っています。状況に応じた判断の基準は、どの手段でも自動では残りません。

デジタル化しても残らないのは条件分岐と例外時の判断である

記録された動作と「なぜそうするか」は別物

動画にも操業データにも残っているのは、熟練者が「何をしたか」です。現場で若手が迷うのは「この状況ではどうすべきか」のほうで、両者は重なりません。動画や手順書だけでは、条件分岐や例外時の判断が残りにくいのです。

製造業で判断の継承が問題になりやすい場面は、たとえば次の4つです。

  • 品質判定。この傷や色むらは許容範囲か、不良と判定すべきか
  • 設備保全。この音や振動は様子見でよいか、止めて点検すべきか
  • 工程変更。どの条件がそろえば手順を変えてよいか
  • 特注対応。標準のやり方からどこまで外れることを認めるか

いずれも「いつもどおり」から外れた状況で発生します。動画に撮れるのは通常時の作業が中心で、数年に一度の例外場面は撮影の機会そのものがありません。仮に映っていたとしても、熟練者がなぜその対応を選んだのか、どの条件を見て決めたのかは映像に含まれません。記録に残らない部分をAIでどこまで扱えるかは、暗黙知をAIで形式知化できる範囲で整理しています。

引き継ぎで足りないのは例外発生時の判断基準

図解 教えておいてほしかった判断の観点(上位はいずれも判断に関する観点で34〜40%台で拮抗(複数回答))

受け取る側に聞いても、足りないと言われるのは判断の部分です。当社は従業員1,000名以上の大企業に勤務する管理職200名に、引き継ぎの際に「教えておいてほしかった」と感じた判断の観点を聞きました。最多は「イレギュラーな状況や例外発生時の判断の基準」の40.5%です。「業務の背景や目的」38.5%、「ベテランの着眼点」37.5%、「グレーゾーンでのさじ加減や落としどころ」34.5%と続きます(複数回答)。上位はいずれも判断に関する観点で、34〜40%台に集まっています。

手順や動作の説明は受け取れても、例外が起きたときの判断は受け取れていません。動画や手順書を整えた職場で若手からの確認が減らないのも、同じ不足の表れです。

出典 株式会社taiziii「業務引き継ぎに関する実態調査」(従業員1,000名以上の大企業に勤務する管理職200名・インターネット調査・本調査2026年2月24日〜3月6日/追加調査2026年3月16日) https://taiziii.com/knowledge-transfer-survey-2026/ (公開ページは調査の概要とダウンロード案内で、設問ごとの数値は同ページで配布のレポートに掲載)

受け手が取りにいかなければ暗黙知は移らない

見落とされやすいもう一つの条件が、受け手側の動き方です。暗黙知の移転を研究したDinur(2011年)は、暗黙知にはいくつもの型があり、どの移転手段も万能ではなく、受け手が能動的に知識を取りにいくことが必要だと指摘しています。動画を配信しても、視聴する若手が「自分ならどうするか」を考えながら見なければ、動作の模倣で止まります。

出典 Dinur「Tacit Knowledge Taxonomy and Transfer: Case-Based Research」Journal of Behavioral and Applied Management・2011年 https://jbam.scholasticahq.com/article/17865-tacit-knowledge-taxonomy-and-transfer-case-based-research.pdf

AIに任せる範囲が広がること自体への注意も、研究者から示されています。AIと知識移転の関係を扱ったScibelli & Stevens(2025年)は、AIによる代替が進むほど、人と人との間で行われてきた知識移転が中断されるリスクを論じました。若手がベテランに質問する機会が減れば、そのやり取りの中で一緒に伝わっていた判断や背景も減る、という見方です。デジタル手段は、人から人への伝承を置き換えるのではなく、補う位置に置くほうが安全だと考えられます。

出典 Scibelli & Stevens「Breaking the chain of knowledge transfer: AI shadows implicit, explicit, and tacit exchange」Issues in Information Systems・2025年 https://iacis.org/iis/2025/3_iis_2025_100-114.pdf

何をどの手段で残すかは技能の性質で決まる

動作は動画・訓練の場はVR・判断は対話で切り分ける

図解 記録で止めず対話で判断を継ぐ(書き出した後の検証と運用まで含めて初めて伝承として機能する)

手段選びの前に、残したい技能を性質で分けます。目に見える動作なのか、危険や設備の制約で練習の機会を作りにくい作業なのか、条件しだいで答えが変わる判断なのか。この切り分けができると、手段の対応は決めやすくなります。

  • 見える動作は動画とモーションキャプチャで残す
  • 練習の機会を作りにくい作業はVR・メタバースで訓練の場を作る
  • 条件分岐や例外時の判断は、対話で引き出して条件付きのルールとして書き残す

判断を対話で引き出すときは、実際にあった例外事例を出発点に「あのときなぜその対応を選んだのか」「別の選択肢はなかったのか」と場面ごとに聞いていきます。複数のベテランで判断が分かれる場合は、平均して一本のルールにまとめず、誰の・どの条件での判断かという帰属を保ったまま別々に残します。例外事例から判断を引き出す聞き方には、専門家が現場で何を見て決めているかを調べる認知タスク分析(CTA)という研究分野の蓄積があります。

出典 Olivia Brown, Nicola Power & Julie Gore “Cognitive Task Analysis: Eliciting Expert Cognition in Context”, Organizational Research Methods, 28(3), pp.375-404(2024年8月20日オンライン公開) https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/10944281241271216

聞き役をベテランや上司が続けるのは負担が大きく、AIに聞き役を任せる方法にも関心が集まっています。当社調査では、対話形式のヒアリングで判断基準を学習するAIエージェントに「興味がある」と答えた管理職は計59.5%でした(200名が対象)。この「興味がある」層119名に期待する効果を尋ねると、最多は「業務品質の標準化・若手でもベテランに近い判断ができる」の54.6%です(複数回答)。

出典 株式会社taiziii「企業の属人化・技術承継に関する実態調査」(管理職(課長以上)200名・インターネット調査・2025年8月14日〜18日実施)。54.6%は本設問の有効回答数119名に対する割合です https://taiziii.com/news/zokujinka9/

言葉にできた時点では伝承は終わっていない

言語化そのものを目的にすると、伝承は途中で止まります。書き出す工程は出発点として必要です。ただ、書き出した内容が正しいかの検証と、業務の中で参照され続ける運用は、書き出す作業とは別の工程として設計しなければ実現しません。

具体的には、次の3点を最初から計画に含めます。

  • 検証。書き出した判断基準を想定場面に当てはめ、若手が判断し熟練者が答え合わせをする。ここで書き漏れた条件が見つかる
  • 運用。誰が、どの業務のどの場面で参照するかを決める。参照されない文書は更新もされなくなる
  • 更新。設備・材料・顧客要件が変われば判断基準も変わるため、見直しの時期と担当をあらかじめ決めておく

成果の確認は、文書ができたかどうかではなく、同じ状況で同じ水準の判断が再現できているかどうかで行います。動画の本数や言語化した項目の数は途中経過であって、伝承の完了を意味しません。

公開されている取り組みに共通するのは対象の絞り込みである

ここまでに挙げた企業・公的機関の取り組みを一覧にまとめます。

取り組み主体 手段 対象 公表時期・掲載
大成建設 メタバース+モーションキャプチャ コンクリート打設技能の新規入職者研修 2024年6月・ニュースリリース
日本製鉄 AIによる操業の可視化 スラグ分離作業の熟練操業技術 2022年3月・ニュースリリース
今野製作所 モーションキャプチャ 熟練技能者の動作の可視化 2024年版ものづくり白書
職業能力開発総合大学校 ARアプリ・動作解析 施工実習の組立訓練、かんな掛けの姿勢比較 2019年版ものづくり白書

コンクリート打設、スラグ分離作業、かんな掛けの姿勢と、どの取り組みも特定の作業・特定の技能に対象を定め、その性質に合う手段を選んでいます。全社の技能をまとめてデジタル化する形の取り組みは表に出ていません。自社で検討するときも、順序は同じです。手段から入らず、失われると影響の大きい技能を先に決めて、その性質を見極めます。

よくある質問

動画マニュアルを整備すれば技能伝承は完了するのか

動画マニュアルで受け渡せるのは、作業の順序や手元の動きといった目に見える動作までです。繰り返し確認できる利点は大きい一方、条件分岐や例外時の判断は映像に含まれません。当社調査でも、引き継ぎで不足した観点の最多は例外発生時の判断の基準でした(40.5%。株式会社taiziii業務引き継ぎに関する実態調査・従業員1,000名以上の大企業に勤務する管理職200名・インターネット調査)。動画は動作の層、対話による引き出しは判断の層と、役割を分けて併用するのが実務的です。

VRやメタバースの訓練は実地のOJTを置き換えられるのか

VRやメタバースはOJTの置き換えではなく、実地の訓練機会を補う位置に置かれています。大成建設のメタバース研修も、協力会社の新規入職者研修という導入段階に組み込まれた形です。危険作業や実機を使いにくい訓練で練習回数を増やせる点が利点であり、実地での経験や、状況に応じた判断の学習まで代替するものではありません。

AIに暗黙知を学習させればベテランがいなくても業務は回るのか

AIに暗黙知を学習させる公開の取り組みでAIが担っているのは、可視化と整理であり、判断の代行ではありません。日本製鉄の実証で行われたのも、熟練作業員がもつ操業技術の可視化までです。また、AIによる代替が進むほど人どうしの知識移転が中断されるリスクを指摘する研究もあります(Scibelli & Stevens・2025年)。ベテランが現役のうちに、判断基準を引き出して検証まで済ませておく設計が現実的です。

中小企業でも技能伝承のデジタル化はできるのか

企業規模が小さくても、対象を絞れば技能伝承のデジタル化に取り組めます。2024年版ものづくり白書に掲載されているのは、従業員39名の今野製作所の例です。同社は熟練技能者の動作をモーションキャプチャで可視化し、技能継承につなげました。全部の技能を一度にデジタル化しようとせず、失われると影響の大きい技能を1つ選んで性質に合う手段を対応させれば、投資も範囲も抑えられます。

判断の継承は手段の選定とは別に設計する

動画・VR・AIは、それぞれ違うものを残します。動画とモーションキャプチャは目に見える動作を、VR・メタバース・ARは反復訓練の場を、AIは操業データや着眼点の可視化・整理を受け持ちます。一方で、条件分岐と例外時の判断は、どの手段でも自動では残りません。引き継ぎで不足した観点の最多も、例外発生時の判断の基準(40.5%)でした(株式会社taiziii業務引き継ぎに関する実態調査(前掲)・従業員1,000名以上の大企業に勤務する管理職200名・インターネット調査)。

実務の設計は、残したい技能を「動作」「訓練の場」「判断」に切り分けるところから始まります。動作は動画で残し、訓練の場はVRで作り、判断は対話で引き出して、帰属を保った条件付きルールとして書き残します。書き出した後の検証と運用まで含めて、初めて伝承として機能します。手段の選定より前に、技能伝承がなぜ失敗するのかという構造を知っておくと、同じ失敗の型を避けやすくなります。

加藤晃寿郎

この記事の執筆者

加藤晃寿郎

株式会社taiziii 代表取締役 慶應義塾大学で経済学を専攻しながら、エンジニアとして在学中にコスメ系アプリ事業で起業。 上記起業を経て、再度在学中にシステム開発会社を創業。Webのフロント開発からバックエンド開発まで、あらゆるWeb開発、幅広く対応可能なオールラウンダーとして活躍。 大規模開発のためのエンジニアチームを持っているという特性も活かしながら、外部CTOとしても多くの企業の開発課題を解決してきている。 StockSunを含め複数社の事業新規立ち上げ、開発支援を行っており、ビジネス設計を含めた設計及び開発までワンストップで対応している。

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