生成AI時代、現場の知識をどう受け継ぐか。JAIST・内平直志氏に聞く「つぶやき」と対話の役割 | 株式会社taiziii(タイジー)
CONTACT
システム開発・AI導入なら株式会社taiziii コラム 生成AI時代、現場の知識をどう受け継ぐか。JAIST・内平直志氏に聞く「つぶやき」と対話の役割
生成AI時代、現場の知識をどう受け継ぐか。JAIST・内平直志氏に聞く「つぶやき」と対話の役割
投稿日:

生成AI時代、現場の知識をどう受け継ぐか。JAIST・内平直志氏に聞く「つぶやき」と対話の役割

本稿は取材内容をもとに、発言の趣旨を損なわない範囲で質問・回答の順序と表現を再構成しています。

プロフィール

内平直志(うちひら・なおし)
北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)特任教授。1982年に東京芝浦電気(現・東芝)に入社。研究開発センター次長、技監などを経て、2013年にJAIST教授、2025年から現職。知識継承、研究開発マネジメント、デジタル知識経営などを研究しています。

はじめに

現場で培われてきた経験や判断を、次の人へどう受け継ぐか。ベテランの退職や業務の属人化に向き合う企業にとって、長く取り組まれてきた課題です。音声認識や生成AIの進歩によって、会話を文字に起こし、大量の情報を整理することは容易になりました。では、記録が増えれば、それだけで知識は受け継がれるのでしょうか。

北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)の内平直志氏は、生成AIの登場以前から、この問いに取り組んできました。東芝の研究所に在籍していた時期には、研究開発マネージャーの暗黙知の継承を研究していました。事業部との交渉、市場の動向をつかむ方法、経営層の理解を得るための働きかけなど、研究開発を進める人の経験や判断に目を向けていました。

2010年には、看護・介護の現場で気づきや伝達事項を音声で記録する「音声つぶやきシステム」の研究を開始しました。その後も、現場の暗黙的な知識を言葉にし、他の人が理解して活用するための方法を探ってきました。

長年の研究の先に、生成AIはどのような可能性を開いたのでしょうか。現場の小さなつぶやきから、対話を通じた「腑落ち」、センサーデータとの組み合わせまで、知識を受け継ぐ仕組みを聞きました。

1 言葉にできる知識に目を向ける

現場の知識を考える際、先生は「暗黙知」「形式知」に加えて「潜在知」という言葉を使われています。この区別には、どのような意味があるのでしょうか。

内平:暗黙知という言葉が、必ずしも同じ意味で使われていないことが出発点です。ポランニーのいう暗黙知と、野中郁次郎先生の知識創造の議論で扱われる暗黙知には、捉え方の違いがあります。

野中先生の暗黙知には、潜在知と、ポランニーのいう言語化できない暗黙知の両方が含まれていると考えています。その違いを整理するために、本質的に言葉で表せない知識と、まだマニュアルなどにはなっていないけれど、ある程度は言葉にできる知識を分けて考えています。後者を捉えるために用いているのが、潜在知という概念です。

現場で何かに気づいたときに、断片的には話せることがあります。ただ、それが最初から体系的な説明やマニュアルになっているわけではありません。音声つぶやきシステムで扱うのは、そうした現場の言葉です。我々はそれを「デジタル断片知」と呼んでいます。つぶやきを残すという行為自体が、知識の一部を言葉にすることでもあるんですね。

図1 暗黙知の中にある「潜在知」
図1 暗黙知の中にある「潜在知」

2 小さなつぶやきを残すところから始める

音声つぶやきの研究は、どのようなきっかけで始まったのでしょうか。

内平:東芝にいた頃、病院の方と話している中で、現場の伝達事項などを、SNSのようにもっと気軽に共有できないかという話が出てきました。それがきっかけになって、2010年に看護・介護の現場から取り組みを始めました。

現場でつぶやかれることを拾い、それを知識継承に利用しようという考え方です。当時は生成AIがありませんし、音声認識の精度も、実用化という意味ではまだ十分ではありませんでした。人の手も借りながらつぶやきを集めて、ワークショップのような形で共有していたんです。

その頃から、つぶやきを共有することの有効性は確認していました。ただし、人が間に入って、記録を整理したり、ワークショップを準備したりする作業が、とても大変でした。今は音声認識も進歩していて、当時とは状況がかなり変わっています。

何を話せばよいのか、迷う人もいそうです。現場で話してもらうために、どのような工夫をしたのでしょうか。

内平:実際にいろいろな現場で取り組んでもらうと、よくつぶやく人と、何をつぶやけばよいのか分からない人の差が大きく出ます。そこで、ある程度パターン化して、こういうことをつぶやいてください、という「型」を用意しました。

型があると、現場の人が話しやすくなるんですね。最初からすべてを整った説明にしようとするのではなく、断片的な形で残していく。その記録を集め、共有するところから始めています。

3 知識を行動につなげるための腑落ち

断片的な記録を、次の人が使える知識にするには、何が必要なのでしょうか。

内平:例えば介護の現場で、要介護の方とコミュニケーションを取っている中で何か気になることがあり、それをつぶやきとして残したとします。でも、その方の全体の状況は、つぶやきをテキストにしただけでは見えてきません。

短い言葉の裏には、それを発した人が見ていた状況があります。その背景を説明するには、たくさんの情報が必要になる。だから、人が補いながら理解し、内面化していくことを重視しているんです。

教科書で勉強して、その内容を知っていることと、実際に自分の行動に移せることにも違いがあります。自分で行動に移せるのは、その内容が信頼できると考え、納得しているからですよね。私たちは、行動に繋がるものを真の知識として捉えています。

そのために大事なのが、ベテランの人とのコミュニケーションです。経験を持つ人と話しながら、記録された言葉の背景を理解し、自分でも納得する。その「腑落ち」を経て、自分の行動につながっていくと考えています。

図2 知っていることと、行動に移せること
図2 知っていることと、行動に移せること

生成AIとの対話だけで、そうした理解にたどり着くことはできるのでしょうか。

内平:生成AIとやり取りするだけでは、足りない部分があるのではないか。そこが、私たちが投げかけている問いです。AIとのやり取りで共感できるのか、本当に腑に落ちるのか、ということですね。

AIですべてできるという立場の人もいます。一方で私たちは、生成AIだけでできるという流れに対して、人間が腑に落ちるためには、人との関わりも必要なのではないかと考えています。

異なる立場の人たちと議論することによって、実際にどこまでAIに任せられるのかが、だんだん見えてくる。そういう立ち位置です。

4 生成AIが軽くする知識継承の準備

その一方で、生成AIによって大きく変わったのは、どの部分でしょうか。

内平:ワークショップなどで知識を共有するために、人が行っていた準備作業ですね。ここは、かなり楽になります。

以前は、たくさんのつぶやきを人間が読んで、整理して、まとめていました。例えば1,000個のつぶやきがあると、それだけでも大変です。今なら、そのつぶやきを生成AIに渡して、分類してもらうことができます。この点は圧倒的に便利になり、実用化できるレベルになってきたと感じています。

つぶやきを集めて共有する取り組みそのものは、以前から行っていました。その過程で大きな負担になっていた作業を、生成AIが支援できるようになった。そこに大きな変化があります。

図3 記録から使える知識へ
図3 記録から使える知識へ

5 言葉とセンサーデータを合わせて理解する

現場の知識を捉える際に、人の言葉と、センサーなどで計測できるデータを、どのように組み合わせていくのでしょうか。

内平:人間を中心に、ワークショップなどを通じて知識を受け継ぐアプローチもあれば、センサーで捉えられることを、できるだけ客観的なデータとして捉えるアプローチもあります。フィジカルAIを考える上でも、両方を発展させていくことが重要です。

例えば農業の現場では、人間のつぶやきに加えて、ハウスの中の温度や湿度、照度などもセンサーデータとして記録するアプローチがあります。

そうしたデータとつぶやきを合わせて、ワークショップを行い、内面化につなげていくというアプローチです。人の言葉に加えて、現場で取れるデータも取っておくことは、私たちの考え方に含まれています。

図4 言葉とセンサーデータを組み合わせる農業の事例
図4 言葉とセンサーデータを組み合わせる農業の事例

6 現場の経験とAIを使いこなす力

AIの活用が進む中で、人に求められるものは、どのように変わると考えていますか。

内平:以前、コンピューターが出てきたときの話として、コンピューターにできない人間の仕事を探すより、コンピューターをどう使いこなすかを考えた方がよい、という話を聞いて、なるほどと思ったことがあります。

生成AIについても、生成AIに仕事を奪われる心配をするより、自分の仕事の価値を高めるために、どう活用するかを考えることが大事でしょう。うまく使いながら、より質の高い仕事をする。そのためにはどうしたらよいか、ということです。

ただ、AIのスキルだけでよいというわけではありません。現場の感覚を持っていることも、AIの時代だからこそ大切です。実際に仕事をした肌感覚や経験を持った上で、AIも使いこなせる。そういうことではないでしょうか。

図5 現場の経験とAIを使いこなす力
図5 現場の経験とAIを使いこなす力

こうした時代に、JAISTで培ってきた知識科学の研究は、どのような役割を担うのでしょうか。

内平:JAISTでは、知識科学研究科が世界で初めて設立された1998年から30年近く暗黙知やナレッジマネジメントを研究してきました。その蓄積があることは、大きいと思っています。

今は、現場の知識と生成AIをどう組み合わせ、活用するかが非常に重要になっています。技術が発展する中で、それを人間がどう使いこなすかを考えるのが、まさに知識科学の領域です。私たちが取り組んできた研究を生かせる時代になってきたと感じています。

取材を終えて

記録を残し、整理する技術は進歩しています。今回の取材で改めて考えさせられたのは、その先で、知識を受け取る人が何を理解し、どう行動できるようになるかという点です。

現場の小さな気づきを残します。生成AIを使って、共有しやすくします。経験を持つ人との対話や現場のデータを通じて、その背景を理解します。こうした過程をつなぐことで、記録を次の人の判断に生かす道筋が見えてきます。

AIを導入する際にも、どの作業を効率化するかとあわせて、誰がどのような経験や判断を受け継ぐのかを考えたいと思います。現場の知識を次の人が使える知識にするための仕組みづくりが、これからの知識継承を支えていきます。

参考資料

SNSでシェアする

各種お問い合わせ