製造業・建設業の技能伝承はなぜ止まるのか。2025年問題と人手不足の構造 | 株式会社taiziii(タイジー)
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システム開発・AI導入なら株式会社taiziii コラム 製造業・建設業の技能伝承はなぜ止まるのか。2025年問題と人手不足の構造
製造業・建設業の技能伝承はなぜ止まるのか。2025年問題と人手不足の構造
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製造業・建設業の技能伝承はなぜ止まるのか。2025年問題と人手不足の構造

この記事の要点

  • 「技能継承に問題のある事業所」は製造業が86.5%と産業別で最も高い(2019年版ものづくり白書が引用する2018年度の能力開発基本調査)
  • 2007年問題は雇用延長でいったん回避されたが解決はしておらず、問題のある事業所は当時を上回る水準
  • 建設業は就業者がピーク時から約3割減・55歳以上が約4割で、2024年からの時間外上限規制が重なる
  • 退職で消えやすいのは手順ではなく、品質判定・設備保全・工程変更など例外時の判断基準
  • 属人化スキルは50代以上に集中(属人化している業務があると答えた141名のうち60.3%)。管理職の74.5%がベテラン退職を経営リスクと認識(株式会社taiziii「企業の属人化・技術承継に関する実態調査」)
  • 全部は残せない。喪失影響の大きさと代替可能性で絞り込み、退職を待たずに判断基準から聞き出すのが実務の中心
加藤晃寿郎氏のプロフィール写真

運営者プロフィール

加藤晃寿郎(株式会社taiziii 代表取締役)。慶應義塾大学経済学部出身のエンジニア。在学中のスタートアップ設立、フリーランスを経てシステム開発会社を創業。企業のAI導入支援と、判断継承AIプラットフォーム「SkillRelay」の開発に従事。

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データベースカテゴリ、2025年10月時点

ベテランが退職する日に、技能が失われるわけではありません。損失はその人にしか判断できない業務が生まれた時点から、すでに始まっています。当たり前のようでいて、退職日から逆算して引き継ぎ期間を組む計画では、この前提が抜け落ちがちです。

製造業と建設業では、判断を渡せないまま時間が過ぎる状態が、個社の教育体制の問題にとどまらず産業全体の年齢構成として表れています。2019年版ものづくり白書によると、2018年度調査の時点で「技能継承に問題のある事業所」の割合は製造業が86.5%と産業別で最も高くなっていました(資料は厚生労働省「平成30年度能力開発基本調査」)。手を打ってこなかったわけではありません。団塊の世代の定年退職が懸念された2007年問題は、雇用延長でいったん回避されました。

ただ、確保した時間のあいだに技能や判断が次の世代へ渡ったかどうかは、別の問題として残りました。建設業では就業者がピーク時から約3割減り、2024年4月には時間外労働の上限規制も始まっています。教える人が減るのと同じ時期に、教える時間まで制約され始めました。手順書や動画が揃っていても、規格内だが普段と違う品を出荷してよいか、異音の出た設備を止めるか様子を見るかは、ベテランに確認が回ります。退職日は、その確認先がなくなる日にすぎません。

消えるのは手順ではなく、例外や境界での判断の基準です。この記事では技能伝承が止まる構造を押さえたうえで、ベテランの退職で現場から何が消えるのか、時間が足りない中で何から残せばよいのかを整理します。用語の整理と進め方の全体像は、技能伝承と技術継承の違いと進め方で扱っています。

出典 経済産業省・厚生労働省・文部科学省『2019年版ものづくり白書』 https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2019/honbun_pdf/pdf/honbun_01_03_01.pdf

技能伝承の先送りはなぜ期限を迎えるのか

2007年問題は解決ではなく雇用延長で先送りされた

図解 雇用延長による先送りと期限の接近(ベテランが現場に残り問題が見えにくくなったまま期限が近づく)

団塊の世代が60歳を迎え始めた2007年前後、熟練技能者の技能をどう継承するかという問題は「2007年問題」と呼ばれ、ものづくり産業で注目されました。2019年版ものづくり白書によると、2007年時点では製造業の事業所の過半数(51.6%)が「技能継承に問題がある」とし、その割合は産業計(32.7%)を大きく上回っていました。

ただ、この問題は正面から解決されたわけではありません。65歳までの高年齢者雇用確保措置を義務化する法改正が2006年に施行され、団塊の世代の多くが雇用延長で現場にとどまったため、白書の表現では問題は「一旦回避され」ました。同じ世代が65歳に達する2012年問題も、リーマン・ショック後の不況が社会問題となる中であまり顕在化しませんでした。60歳以上の製造業従業者は2007年の150万人から2018年には169万人へ、むしろ微増しています(総務省「労働力調査」)。2024年版の白書でも、製造業の若年就業者(34歳以下)は2002年から減少し、高齢就業者(65歳以上)は増加してきたことが示されています。

技能伝承が進んだから問題が小さく見えていたわけではありません。ベテランが現場に残り続けたことで、問題が見えにくくなっていました。雇用延長は時間を確保する手段としては機能しました。しかし、その期間に技能や判断が次の世代へ渡ったかどうかは、また別の話です。

出典 経済産業省・厚生労働省・文部科学省『2019年版ものづくり白書』 https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2019/honbun_pdf/pdf/honbun_01_03_01.pdf /同『2024年版ものづくり白書』概要(2024年5月)

技能継承に問題のある事業所は2018年度調査で製造業が86.5%と産業別最多

2019年版ものづくり白書は、「技能継承に問題がある」という事業所が近年になって2007年当時を上回るようになってきていると指摘しています。そのうえで2018年度調査の産業別の割合を見ると、製造業が86.5%と最も高くなっていました(資料は厚生労働省「平成30年度能力開発基本調査」)。

事業所の9割近くが問題を抱えているなら、技能継承は一部の企業の事情ではなく、製造業の標準的な状態です。雇用延長という対応から10年以上を経て、問題を抱える事業所の割合はむしろ増えました。時間はあったのに継承が進まなかった理由は、残す対象が手順に偏り、例外時の判断が置き去りになってきたことと切り離せません。

出典 経済産業省・厚生労働省・文部科学省『2019年版ものづくり白書』 https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2019/honbun_pdf/pdf/honbun_01_03_01.pdf

建設業は教える人の高齢化に教える時間の制約が重なる

国土交通省の資料によると、建設業就業者は技能者を中心にピーク時の平成9年から約3割減少しました。年齢構成の偏りも大きく、就業者の約4割が55歳以上である一方、29歳以下は約1割です。技能者に限っても60歳以上が約25%を占め、29歳以下は約12%にとどまります。

建設業の就業構造 数値
就業者数 ピーク時(平成9年)から約3割減
55歳以上の就業者の割合 約4割
29歳以下の就業者の割合 約1割
技能者のうち60歳以上 約25%(技能者ベース)
技能者のうち29歳以下 約12%(技能者ベース)

出典 国土交通省「第三次・担い手3法 改正の背景」 https://ninaite-sanpo.mlit.go.jp/background/

この年齢構成に重なるのが、いわゆる建設業の2024年問題です。2024年4月1日から建設業にも時間外労働の上限規制が適用されました(災害の復旧・復興事業には一部の適用除外があります)。

区分 時間外労働の上限
原則 月45時間・年360時間
特別条項付きの労使協定を結ぶ場合 年720時間、1か月100時間未満、2〜6か月平均80時間、月45時間を超えられるのは年6回まで

出典 厚生労働省「建設業従事者の長時間労働改善に向けたポータルサイト」 https://kensetsu-roudou-jikan.mhlw.go.jp/kensetsu_overtime.html

長時間労働の改善は担い手確保の前提であり、規制そのものは若手が定着する産業に向けた施策です。一方で短期的には、現場に投入できる総労働時間が制約されるため、ベテランが若手に付いて教える時間のやりくりも難しくなります。教える人の高齢化と教わる若手の少なさに、教える時間の制約まで重なっているのが建設業の状況です。

2025年問題と2025年の崖は指している内容が別である

2025年に関わる言葉には「2025年問題」と「2025年の崖」の二つがあり、名称は似ていますが指している内容は別です。社内資料や企画書で引用する際に取り違えると、話の前提が崩れます。

項目 2025年問題 2025年の崖
根拠となる公的資料 厚生労働省「地域包括ケアシステム」(同ページは人口動態の見通しを示しており、2025年問題という語自体は使っていない) 経済産業省「DXレポート」(2018年。同レポートが「2025年の崖」という語を用いている)
内容 団塊の世代が75歳以上となる2025年以降、医療や介護の需要がさらに増加すると見込まれる レガシーシステムを放置した場合、2025年以降に年間最大12兆円(現在の約3倍)の経済損失が生じうるとする経産省の試算
主な対象 社会保障・労働力 企業のITシステムとDX

出典 厚生労働省「地域包括ケアシステム」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/chiiki-houkatsu/ /経済産業省「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」(2018年) https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/dx/20180907_03.pdf

技能伝承の文脈で押さえておきたいのは2025年問題の側です。雇用延長で現場に残ってきた団塊の世代が後期高齢者となり、企業の外へ完全に離れていく時期がここに重なります。2007年問題の先送りで確保した時間の期限が切れつつある、と読むのが実態に近い理解です。「2025年の崖」はITシステムの話であり、熟練技能の継承そのものを指す言葉ではありません。ただし、古いシステムの保守や運用が特定の担当者に依存しているなら、それも属人化の一形態であり、退職で業務が止まるという構造は共通しています。

ベテラン退職で現場から何が消えるのか

就業者数の減少は統計で追えます。ただ、現場で実際に困るのは人数が減ること自体より、その人にしかできなかった判断が止まることです。何が消えやすいのかを、場面ごとに見ていきます。

保全・品質判定・工程変更の勘所は文書に残りにくい

図解 文書に残りにくい例外・境界の判断場面(共通するのは正常時の手順ではなく例外や境界での判断という点)

製造の現場で判断の継承が問題になりやすい場面は、品質判定・設備保全・工程変更・特注対応の四つに整理できます。

  • 品質判定 限度見本や規格値だけでは割り切れない中間的な品を、出荷してよいか判定する
  • 設備保全 異音や振動の変化から、設備を止めるか様子を見るかを決める
  • 工程変更 材料のロットや作業環境が変わったときに、加工条件をどこまで調整するかを決める
  • 特注対応 図面や標準にない依頼をどこまで受けるか、どの工程に負荷がかかるかを見積もる

四つに共通するのは、正常な状態の手順ではなく、例外や境界での判断だという点です。作業標準や手順書に残るのは、再現性のある正常系の手順が中心です。「どの条件のときに、どちらへ倒すか」という判断の基準は、文書化されないままベテランの中に残ります。動画やマニュアルで動作を記録しても、条件分岐や例外時の判断までは残りにくくなります。

属人化は50代以上に集中している

当社が管理職200名に行った「企業の属人化・技術承継に関する実態調査」では、属人化している業務が「ある」と答えた141名に年代を尋ねたところ、属人化したスキルが集中する年代は「50代以上」が60.3%で最多でした(単一回答)。あわせて、回答者200名のうちベテランの退職を経営リスクと感じる管理職は計74.5%にのぼりました。

二つの数字を並べると、経営リスクと認識されている技能や判断が、退職の近い年代に集中しているということになります。リスクの認識はあるのに対策が進みにくいのは、継承の作業が日々の生産や工事と同じ人の時間を使うためです。ベテランほど現場対応で手一杯になり、聞き出す側の若手や管理職にも余裕がありません。結果として、退職日が決まってから慌てて引き継ぎ期間を設ける進め方になりがちです。

若手の採用を増やせば解ける話にも見えます。ただ、採用しても教える側の時間が空かなければ、判断を聞き出す場面そのものが作れません。

出典 株式会社taiziii「企業の属人化・技術承継に関する実態調査」(管理職(課長以上)200名・インターネット調査・2025年8月14日〜18日実施。年代の設問は属人化している業務が「ある」と回答した141名が対象・単一回答) https://taiziii.com/news/zokujinka3/https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000005.000163598.html

手順は引き継げても例外時の判断基準が抜ける

当社が別に実施した業務引き継ぎに関する実態調査で業務の引き継ぎで不足していた観点を尋ねると、最も多かった回答は例外発生時の「判断の基準」で40.5%でした。製造業・建設業に限定した調査ではありませんが、手順そのものより例外時の判断が抜けやすいという構造は、品質判定・設備保全・工程変更の場面にそのまま当てはまります。

手順は文書と実演で渡せます。渡しにくいのは「規格内だが普段と違う」「数値は正常だが動きが気になる」のような境界の場面で、どの条件を見てどちらに倒すかという基準です。ベテラン本人にとっては意識せずにできてしまう判断のため、聞かれても「経験としか言いようがない」という答えになりやすく、本人の善意や意欲だけでは言語化が進みません。言語化が進まないまま継承が止まる背景は、技術継承・技能伝承が失敗する理由で整理しています。

出典 株式会社taiziii「業務引き継ぎに関する実態調査」(従業員1,000名以上の大企業に勤務する管理職200名・インターネット調査・本調査2026年2月24日〜3月6日/追加調査2026年3月16日) https://taiziii.com/knowledge-transfer-survey-2026/ (公開ページは調査の概要とダウンロード案内で、設問ごとの数値は同ページで配布のレポートに掲載)

時間がない中では喪失影響の大きい判断から残す

退職までの期間が限られている場合、すべての技能を同じ深さで残そうとする計画は成立しません。棚卸しの段階で対象を絞り、失われたときに生産や品質へ直接ひびく判断から先に手を付けることになります。

全部は残せないため棚卸しで対象を絞り込む

図解 喪失影響と代替可能性で決める優先順位(書きやすいものからではなく失ったときの影響が大きいものから着手する)

最初の作業は、ベテランが担っている技能と判断の棚卸しです。担当している工程・設備・製品を書き出すだけでなく、「この人にしか判断できない場面」を書き出します。トラブル時に誰へ連絡が集まるか、若手からの質問がどの項目に集中しているかを手がかりにすると、本人の記憶だけに頼るより漏れが減ります。

絞り込みの軸は二つです。

  • 喪失影響の大きさ その判断ができなくなったとき、生産や工事が止まるか。品質事故や安全に関わるか
  • 代替可能性 同じ判断ができる人が社内にほかにいるか。外部の支援で補えるか
分類 優先度 残し方の目安
影響大・代替者なし 最優先 退職前に判断基準まで聞き出し、条件付きのルールとして残す
影響大・代替者あり 特定の人への集中を防ぐため、判断基準を文書化して複数人で共有する
影響小・代替者なし 手順書の整備と、困ったときの相談先の明確化まで
影響小・代替者あり 既存文書の所在確認と更新にとどめる

順番を決めずに着手すると、書きやすい手順書の整備に時間を使い切り、最も失われやすい例外時の判断が手つかずのまま退職日を迎えます。着手の基準は、書きやすいものからではなく、失ったときの影響が大きいものからです。

退職を待たずに判断基準を条件付きで聞き出す

優先順位が付いたら、対象となる判断基準を聞き出す時間を、退職が視野に入る前から定常業務に組み込みます。退職が決まってからの引き継ぎ期間だけでは、例外的な場面が期間中に再現されないためです。数年に一度のトラブルや季節要因の判断は、聞き出す機会そのものが限られます。

聞き出しは、一般論ではなく過去の実例から入ります。「良い品質判定とは何か」と聞いても、答えは抽象的になります。「あの日のあのロットは、なぜ出荷を止めたのか」「どの数値なら通したか」のように実際にあった場面を出発点にすると、条件と判断の対応が言葉になりやすくなります。

聞き出すときに大切なのは、複数のベテランの判断を一つのルールにまとめないことです。同じ工程でもAさんとBさんで判断の分かれ目が違う場合、二つを平均した基準を作ると、どちらの判断も再現できなくなります。誰の・どの条件での判断かという帰属を保ったまま、条件付きのルールとして別々に残し、例外は例外として本則と分けて書きます。

聞き役を人が務める時間を確保できない場合は、AIを質問役にして判断の材料を引き出す方法もあります。AIが判断を代行するのではなく、過去の事例について質問を重ね、ベテランの答えを条件と対応の形に整理する使い方です。AIに任せられる範囲は、AIを使った業務引き継ぎでできることで扱っています。

デジタル化は手段であってそれだけで継承は起きない

2024年版ものづくり白書は製造事業者のDXについて、依然として「個別工程のカイゼン」に関する取組が多く、製造機能の全体最適に関する取組は少ないと指摘しています。

出典 経済産業省・厚生労働省・文部科学省『2024年版ものづくり白書』概要(2024年5月)

技能伝承のデジタル化にも、同じ見方が必要です。動画マニュアルやセンサーによる記録は、個々の工程の動作を残す手段としては機能します。一方で、動作を記録しても「なぜその操作を選んだか」という判断の基準は自動では残りません。デジタル化は判断を残すための手段の一つであり、導入しただけで継承が起きるわけではないと考えておくと、ツール選定の失敗を減らせます。動画もメタバースもAIも、記録できる対象を広げる手段であって、記録されていない判断を生み出す手段ではありません。手段ごとに何を残せるかは、技能伝承のデジタル化の効果と限界で比較しています。

白書と公的資料は社内で時間と予算を通すための材料になる

技能伝承に人と時間を割り当てるには、現場の実感だけでは経営層や関係部署の判断まで届きません。白書や公的資料は無料で参照でき、出典として示しやすいうえ、自社で起きていることを業界全体の構造として説明する根拠になります。

白書の好事例は記録の手段と時間づくりをセットにしている

2024年版ものづくり白書には、中小企業の人材育成の好事例が掲載されています。従業員39名の今野製作所は、溶接加工の教育訓練で熟練技能者の動作をモーションキャプチャで可視化し、若年技能者の技術力強化と社内の技能継承につなげました。あわせて業務プロセスの洗い出しと生産管理システムなどの自社開発で業務を効率化し、技能習得のための時間を捻出しています。

出典 経済産業省・厚生労働省・文部科学省『2024年版ものづくり白書』概要(2024年5月)

この事例で参照したいのは、モーションキャプチャという手段そのものより、業務効率化とセットで教える時間・学ぶ時間を作っている点です。技能伝承が進まない背景には、継承の作業が現場の時間と競合するという制約があります。デジタル投資を検討するときは、記録の手段を選ぶだけでなく、教える時間と学ぶ時間を生み出す改善と組み合わせられているかも確認します。

建設業には担い手3法という政策枠組みがある

建設業では、担い手の確保・育成を目的とした一連の法改正が「担い手3法」と呼ばれ、第三次の改正まで進んでいます。国土交通省は改正の背景として、就業者数のピーク時からの約3割減や、55歳以上が約4割という年齢構成を公表資料で整理しています。

出典 国土交通省「第三次・担い手3法 改正の背景」 https://ninaite-sanpo.mlit.go.jp/background/

個社にとっての使いどころは二つあります。一つは社内説明です。自社の高齢化や採用難を個社の努力不足として片付けず、業界全体の構造として数字で示せば、技能伝承への投資判断を求める根拠になります。もう一つは社外との調整です。労働時間の上限規制や担い手確保が政策として進んでいる事実は、工期や体制について発注者・元請けと話す際の共通の前提になります。政策の枠組み自体を個社が変えることはできませんが、枠組みの存在と数字を知っているかどうかで、社内外への説明の説得力が変わります。

よくある質問

2025年問題は製造業・建設業の技能伝承と直接関係があるのか

厚生労働省は、団塊の世代が75歳以上となる2025年以降に医療や介護の需要がさらに増加すると見込んでいます。一般に2025年問題と呼ばれるのはこの人口動態のことで、もともとは社会保障の文脈で使われてきた言葉です(厚生労働省のページに2025年問題という語の定義があるわけではありません)。技能伝承との接点は、同じ世代の高齢化が進み、雇用延長で現場に残ってきたベテランが引退していく時期と重なる点にあります。社会保障の文脈での見通しをそのまま自社に当てはめるのではなく、自社のベテランの年齢構成と退職の見込みを確認することが実務上の出発点になります。

出典 厚生労働省「地域包括ケアシステム」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/chiiki-houkatsu/

技能と技術は何が違うのか

2019年版ものづくり白書の整理では、「技術」は図面・数式・文章などの客観的表現で記録・伝達でき、人を離れて伝えられます。「技能」は人に内在する暗黙知を主体とする能力で、その人を離れては存在せず、実際の体験などを通じて人から人へ継承されます。継承されずに失われた技能は容易に復活できないとも記されています。残す対象を決める際は、文書で渡せる技術と、人に付いている技能・判断を分けて棚卸しすると計画が立てやすくなります。

出典 経済産業省・厚生労働省・文部科学省『2019年版ものづくり白書』 https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2019/honbun_pdf/pdf/honbun_01_03_01.pdf

再雇用や定年延長で当面はしのげるのではないか

再雇用は、継承のための時間を確保する手段としては機能します。実際、2007年問題は雇用延長でいったん回避され、60歳以上の製造業従業者はその後も微増しました。ただし2019年版ものづくり白書は、「技能継承に問題がある」という事業所が近年むしろ2007年当時を上回るようになってきていると指摘しています。確保した期間のあいだに判断基準を聞き出して残す取り組みを組み込まなければ、退職の期限が数年延びるだけで、同じ問題に戻ります。

出典 経済産業省・厚生労働省・文部科学省『2019年版ものづくり白書』 https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2019/honbun_pdf/pdf/honbun_01_03_01.pdf

技能伝承はどこから手を付ければよいのか

最初の一歩は、ベテランが担っている技能と判断の棚卸しです。喪失影響の大きさと代替可能性の二つの軸で優先順位を付け、失われると生産や品質に直結し、代わりに判断できる人がいない領域から着手します。手順書の整備より先に、例外時の判断基準を過去の実例から聞き出すことを優先すると、限られた期間でも失われやすいものから順に残せます。

損失は退職日ではなく退職前から始まっている

製造業では2018年度調査で「技能継承に問題のある事業所」が86.5%と産業別で最も高く、2007年問題を雇用延長で先送りしてきた時間の期限が近づいています。建設業では就業者の約4割が55歳以上という年齢構成に、2024年からの時間外上限規制が重なりました。教える人と教える時間の両方が細っていく構造は、個社の努力だけで変えられるものではありません。

一方で、退職までに何を残すかは個社で決められます。ベテランにしか判断できない業務がある職場では、その人への確認や依頼の集中がすでに起きており、判断の属人化による停滞は退職日を待たずに発生しています。全部を残すことはあきらめ、喪失影響の大きい判断から、帰属を保った条件付きのルールとして聞き出して残します。手順書の整備やデジタル化はその手段として位置付けます。この順番が、時間が足りない中での現実的な進め方です。

技能伝承の計画は、退職日から逆算した引き継ぎ期間の設定だけでは足りません。退職前から生じている損失を前提に、判断の棚卸しと聞き出しを定常業務へ組み込むことが、2025年以降の打ち手の中心になります。

加藤晃寿郎

この記事の執筆者

加藤晃寿郎

株式会社taiziii 代表取締役 慶應義塾大学で経済学を専攻しながら、エンジニアとして在学中にコスメ系アプリ事業で起業。 上記起業を経て、再度在学中にシステム開発会社を創業。Webのフロント開発からバックエンド開発まで、あらゆるWeb開発、幅広く対応可能なオールラウンダーとして活躍。 大規模開発のためのエンジニアチームを持っているという特性も活かしながら、外部CTOとしても多くの企業の開発課題を解決してきている。 StockSunを含め複数社の事業新規立ち上げ、開発支援を行っており、ビジネス設計を含めた設計及び開発までワンストップで対応している。

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