暗黙知はAIで形式知化できるのか。生成AIで失敗しない2つの使い方と判断継承のコツ | 株式会社taiziii(タイジー)
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暗黙知はAIで形式知化できるのか。生成AIで失敗しない2つの使い方と判断継承のコツ
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暗黙知はAIで形式知化できるのか。生成AIで失敗しない2つの使い方と判断継承のコツ

この記事の要点

  • 生成AIが得意なのは、すでに文書化された知識の整理・要約・検索。
  • 社内データに判断基準が残っていない場合、AIの回答は一般論に寄りやすい。
  • 暗黙知を扱う起点は、資料を読ませることではなく、本人に具体案件を聞くこと。
  • 仮定・境界・根拠・例外の質問で、判断を条件に分解することが大切。
  • 引き出した判断は平均せず、誰のどの条件での判断かという帰属を保つことが主な理由。
  • 若手が実案件で使い、ベテランが確認する工程まで含めて初めて継承になる。

生成AIは、社内のどこにも書かれていない自社固有の判断を、根拠のある事実として再現することはできません。

当たり前のようでいて、これは暗黙知をAIで形式知化しようとするときに見落とされがちな前提です。たとえば、ある会社で与信判断を長く担ってきたベテランが退職することになり、引き継ぎのために過去の稟議書・取引先とのメール・審査会議の議事録を一通り生成AIに読み込ませたとします。「この取引先、与信枠を上げてよいか」と聞くと、AIは財務指標の見方や一般的なチェック項目をそれらしく並べてくれます。ところが、現場の担当者が本当に知りたかったのは別のことです。「そのベテランなら、この案件をどう見るか」。決算書の数字はどれも基準内なのに、なぜかそのベテランだけが「この組み合わせは危ない」と言って枠を絞った、あの判断です。それが、いくら読み込ませても出てきません。答えは流暢なのに、どこか教科書的で、自社の判断にはなっていない。その違和感にははっきりした理由があります。

やっかいなのは、世間の一般論を「ベテランの判断」と思い込んだまま、業務が回り始めてしまうことです。通常案件は一般論でもそれなりに処理できてしまうため、例外案件で問題が起きるまで、誰も間違いに気づけません。

そこでよく取られる対処が、社内データを生成AIに読み込ませてベテランの暗黙知まで答えさせようとすることです。データ量を増やし、最新モデルに入れ替えれば、いずれ「そのベテランの判断」が出てくるはずだ、という期待です。

しかし、データを足してもモデルを替えても、ベテランの判断基準をそのまま取り出せるとは限りません。これはデータ量やモデル性能だけの問題ではないからです。社内データに残っているのは、稟議結果、メール、議事録、手順書など、すでに言葉や記録になった情報です。一方で、ベテランが例外案件で何を重視し、どの条件なら線を引き直すのかという判断基準は、多くの場合、文書には残っていません。参照先に判断基準が入っていなければ、生成AIはそれを自社固有の判断として取り出せません。モデルは一般知識や推測で空白を補うことがありますが、それは本人の判断を再現したものではありません。AIが引き受けられるのはすでに言葉になっている知識を整理することと、本人から判断を言葉にしてもらうための聞き役を務めるところまでです。最後に「これでよい」と確かめるのは人の側に残ります。

この記事では、まず、なぜ読ませても暗黙知が出てこないのか、その構造を解き明かして真因を示します。そのうえで、生成AIにできること・できないことの切り分け、「読ませる」から「聞かせる」への発想の転換、判断を引き出す質問の型、引き出した判断を本当に継承するための設計まで、どう考えどんな手順で進めればよいかを解説します。

加藤晃寿郎氏のプロフィール写真

運営者プロフィール

加藤晃寿郎(株式会社taiziii 代表取締役)。慶應義塾大学経済学部出身のエンジニア。在学中のスタートアップ設立、フリーランスを経てシステム開発会社を創業。企業のAI導入支援と、判断継承AIプラットフォーム「SkillRelay」の開発に従事。

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AIで形式知化できる暗黙知とできない判断の境界

「暗黙知はAIで形式知化できるのか」という問いに、先に答えます。できる範囲と、できない範囲がはっきり分かれています。

生成AIが力を発揮するのは次の2つの場面です。

  • (A)すでに言葉になっている知識の整理・要約・検索・構造化。文書として存在する知識の加工は、現時点でも実務で活用できます。たとえば、半年分の審査会議の議事録を渡して「決定事項だけを時系列に並べて」と頼めば、どの案件をいつ・どういう条件で承認したかの一覧を短時間で下書きできます。ただし、抽出漏れや誤要約は起こり得るため、原文との照合は人が行います。
  • (B)まだ言葉になっていない知識を、本人への質問で引き出す対話の支援。AIが質問役となり、ベテランの頭の中にある判断を言葉にしていく使い方です。たとえば「新規取引先の与信、何を見て決めますか」と聞き、「だいたい直近3期の利益と、社長の人柄」と返ってきたら、「では利益が出ていても見送ったことは」と一歩踏み込む。この往復を重ねると、本人も意識していなかった判断の手がかりが言葉になっていきます。

逆に、どうしてもできないことが残ります。

  • (C)文書のどこにも書かれていない判断を、社内データから自動で抽出すること。書かれていないものは、どれだけデータを増やしても出てきません。退職したベテランの判断を社内データから探そうとしても、本人が書き残していなければ、返ってくるのは「与信判断では財務の健全性とキャッシュフローを確認しましょう」といった教科書的な回答です。それは正しくても、そのベテランの判断ではありません。
図解C1-1 対比表生成AIと暗黙知「できる/できない」早見表(A整理・B対話・C自動抽出の3区分)

生成AIに期待が集まりやすいのは(C)です。「全部読ませれば、ベテランの頭の中が再現できるはずだ」という期待です。なぜ多くの人の期待が(C)に向くのか。生成AIは文章を読み、まとめ、それらしく語ることが得意です。その能力を日々見ていると、「読んだものから、書かれていないことまで推し量ってくれる」と感じたくなります。人間のベテランがそうしているように見えるからです。けれども、人間のベテランは文書を読んでいるのではなく、自分の経験を思い出して判断しています。その経験は文書には書かれていません。期待が(C)に向くのは自然なことですが、つまずくのもここです。

一方で(A)と(B)はいまの生成AIでも着実に成果につながります。期待の置き場所を(C)から(A)(B)に移す。それがこの記事の提案の中心です。

まず(A)でAIの実力を正しく評価し、次に(C)ができない理由を仕組みから説明します。そのうえで、なぜAIが文書を扱う場面で判断を外すのかを「3つの失敗」として切り分け、(B)という現実解(「読ませる」から「聞かせる」への転換)を、具体的な質問文と判定フローまで落とし込みます。最後に、引き出した判断が本当に若手へ継承されるための設計まで踏み込みます。

生成AIが得意なのは、すでに書かれた知識の整理である

「データを読み込ませる」アプローチが効く領域は確かにあります。入力に書かれている知識を加工する作業なら、生成AIは人手を大きく上回ります。理由は単純で、これらの作業は「新しい判断を生む」のではなく「すでにある情報を別の形に組み替える」だけだからです。

代表例がRAG(検索拡張生成)です。これは、AIが回答を組み立てる前に社内文書を検索し、見つかった内容を根拠として答える仕組みです。「就業規則のどこに書いてありますか」「過去に似たトラブルはありましたか」といった質問に、出典つきで即答できます。問い合わせ対応や調べものにかかる時間を減らす使い方です。

散在した文書の構造化も得意です。具体的な作業と、それがどう変わるかを挙げます。

  • 複数の議事録から決定事項だけを抜き出し、時系列に並べる。半年分・十数回分の会議メモを人手で読み返し、決まったことだけを抜き出して並べ直すのは、数日がかりの仕事になりがちです。同じ作業を生成AIに頼めば、短時間で一覧の下書きが上がってきます。担当者は出てきた一覧が正しいかを確かめる側に回れます。
  • 報告書や手順書の表記ゆれを統一する。「お客様」「顧客」「クライアント」が混在した数百ページの文書を、用語を決めて統一する作業も、人手だと見落としが出ます。生成AIなら全文を通して一貫させた案を返します。
  • 長文のマニュアルを要約し、FAQ形式に変換する。読まれていない分厚いマニュアルを、現場が実際に検索する形の質問と回答に組み替える。元の文章に答えが書いてあれば、この変換は得意分野です。

人間がやれば数日かかるような作業が、短時間で終わることもあります。整理した文書を基に定型的な問い合わせへの一次回答を任せれば、担当者に届く質問もその分減ります。形式知の「整理が追いつかない」「探しても見つからない」という問題に対して、生成AIは強力な解決策です。

RAGを入れても回答精度が上がらない理由

社内文書を全部つないでRAGを入れたのに、回答が的外れだったり教科書的だったりして、何が足りないのか分からない、という相談はよく寄せられます。原因を切り分けるには、失敗を大きく2種類に分けて見ると整理しやすくなります。

一つは、参照の失敗です。必要な情報は社内文書のどこかに書いてあるのに、検索の順位付けで上位に来なかったり、取り出せてもコンテキストに入らなかったりして、AIに届いていない状態です。RAGの失敗点を整理したBarnettらの報告でも、必要な内容が存在していても、検索、コンテキスト投入、抽出のどこかで落ちることが示されています(出典 Barnett, S. et al. “Seven Failure Points When Engineering a Retrieval Augmented Generation System,” arXiv, 2024)。同報告は単一の対策効果を確立したものではありません。実務では、検索範囲を対象トピックで絞る、取得結果を点検する、必要箇所がコンテキストに入ったかを確認する、というように失敗点ごとに検査します。

もう一つは、解釈の失敗です。情報そのものは渡せているのに、AIがそれをどう使えばいいか分からない状態です。通常案件向けの基準と例外案件向けの基準が同じ文書に混ざっていたり、同じものを部署ごとに違う言葉で呼んでいたりすると、AIは文脈を取り違えます。対策は、使う条件を明示してから渡すこと、例外は通常と別に分けること、社内用語の定義をそろえることです。

この「参照の失敗」と「解釈の失敗」という切り分けは、SkillRelayが現場の失敗を整理したものです(株式会社taiziiiの整理)。RAGの精度が上がらないとき、まずこの2つのどちらかを疑うと、打ち手が決まります。情報が足りないのか(参照)、使い方が伝わっていないのか(解釈)。詳しくは後の「AIが暗黙知を外す3つの失敗」の章で、3つ目の失敗もあわせて切り分けます。

ただ、1点見落としがちな点があります。いま挙げた仕事はすべて「すでに言葉になっている知識」の加工だということです。RAGも要約も構造化も、入力された文書に書かれていない「自社固有の判断」を生み出すことはできません。参照の失敗と解釈の失敗を両方つぶしても、そもそも文書に判断基準が書かれていなければ、AIはそれを自社固有の判断として根拠付きでは返せません。

ここで確認すべきなのは、その大量の文書の中に、ベテランの判断基準が本当に含まれているかどうかです。

AIが語られなかった判断を出せない理由

最初の与信判断の例で見た「流暢だが教科書的な答えしか返らない」という違和感の正体を、仕組み・第三者の指摘・実証研究から説明します。

図解C1-2 関係図参照文書に書かれた知識と、LLMが学習済みの一般知識から補う回答の違い(文書にない自社固有の判断基準は根拠として再現できない)

まず仕組みの話です。社内文書を使う構成では、RAGが関連文書を検索してコンテキストとしてLLMに渡し、LLMが学習済みの知識とそのコンテキストを手がかりに回答を生成します。RAGは文書を探して渡す仕組みであり、文書にない自社固有の判断を新しく作る仕組みではありません。ベテランが文書に書かなかった判断基準(たとえば「数値はすべて基準内だが、この組み合わせのときは危ない」といった知識)は、参照文書に存在しないため、自社固有の根拠として再現できません。一方、LLMが一般知識から推測して空白を補うことはありますが、それがその会社や本人の判断である保証はありません。モデルを最新版に替えたり参照文書を増やしたりしても、判断基準そのものが記録されていなければ、この問題は残ります。

では、参照文書に判断基準が無いとき、AIはどう答えるのでしょうか。多くの場合、回答が止まることはありません。学習済みの世間一般の知識で答えが組み立てられます。具体的に見てみます。ある会社が、ベテラン審査担当の判断を引き継ごうと、過去の審査結果だけをAIに読ませたとします。審査結果には「承認」「否決」の事実は残っていても「なぜこの案件を否決したか」という理由は書かれていません。そこで「この新規案件をどう審査すべきか」と聞くと、AIは止まらず、世間で一般に語られる審査の観点を流暢に並べます。AIの回答は、もっともらしく、しかし「自社の判断」ではない一般論になります。最初に述べた「流暢なのに教科書的」という違和感の正体がこれです。教科書的なのは当然で、AIは文字どおり、世間の教科書的な知識から答えを作っていたのです。

知識の流れを扱う地図としては、暗黙知と形式知の循環を整理したSECIモデルが広く知られています。ただ、そこで扱われているのはあくまで「知識」です。現場で本当に消えていく「なぜそう判断するか」という判断力は、その地図の外にあります。ここで問題にしているのも、まさにその外側の領域です(SECIの地図と判断継承がどうずれるのかは、別記事『暗黙知の形式知化はなぜ難しいのか』で扱っています)。

データ量や最新モデルだけでは暗黙知が出てこない理由

いまは出てこなくても、データをもっと食わせて次世代モデルに替えれば、そのうち「そのベテランの判断」が出てくるのではないか、という期待もよく寄せられます。しかし、モデルを替えても出てきません。理由は性能ではなく構造にあります。

仕組みのところで述べたとおり、AIは入力にない内容も一般知識や推測から生成できます。しかし、それを自社固有の判断として信頼できる根拠はありません。判断基準が文書に書かれていない限り、入力をいくら大きくしても、そのベテラン固有の判断基準は入っていないままです。モデルが高性能になれば、書かれている情報を組み合わせて推測する力は上がります。けれども、推測で埋めたものは「そのベテランの判断」ではなく、それらしい一般論です。むしろモデルが高性能になるほど、その一般論は流暢で本物との見分けがつきにくくなります。

データ量とモデル性能で解決するのは先に挙げた(A)の領域、つまり「書かれているのに見つからない・整理されていない」という問題です。「そもそも書かれていない」という(C)の問題はデータ量でもモデル性能でも解決しません。打ち手が違うのです。後者の打ち手は、本人に聞いて言葉にしてもらうこと、つまり(B)です。

一般論を信じ込むと何が起こるのか。通常案件で気づけない理由

ここが、この章でいちばん注意したいところです。AIが返した一般論を「ベテランの判断」と受け取ってしまうと、何が起きるのか。

まず、人間の側に一般論を疑いにくくする傾向があります。AIへの信頼が高い人ほど、出力を批判的に吟味する労力が減る傾向が、知識労働者319名への自己申告調査で報告されています(出典 Lee, H.-P. et al. “The Impact of Generative AI on Critical Thinking,” ACM CHI 2025。Microsoft Researchとカーネギーメロン大学の研究チームによる査読付き調査)。この研究は「一般論をベテランの判断と誤認する」ことそのものを示したものではありませんが、流暢なAI出力ほど人は吟味を緩めやすいという傾向は、誤認のリスクを高める方向に働きます。人が自動化された仕組みの出力を鵜呑みにしやすいことは、人間と自動化の関係を研究した心理学者らによって「自動化バイアス」として以前から知られてきました(出典 Parasuraman, R. & Manzey, D. H. “Complacency and Bias in Human Use of Automation: An Attentional Integration,” Human Factors, 52(3), 2010)。つまり、「それらしい一般論」が返ってくるだけでなく、返ってきた一般論を疑いにくいのです。

そのうえで、通常案件では気づけません。理由はこうです。一般論は世間で広く通用するように作られた知識です。だから、世間並みの普通の案件、つまり通常案件であれば、一般論でもそれなりに正しい答えを返します。新規取引先の与信を「直近3期の利益とキャッシュフローを見て判断する」という一般論で処理しても、ごく普通の取引先なら大きく外しません。問題が表に出るのは一般論が通用しない例外案件です。「財務指標はすべて健全なのに、社長が直前に交代していて、しかも業界全体が縮小局面に入っている」といった、複数の条件が重なった案件です。ベテランなら「この組み合わせは危ない」と止めるところを、一般論は健全な財務指標だけを見て「問題なし」と通してしまう。回収トラブルが起きて初めて、「あれは一般論だった」と気づくわけです。

だからこそ、AIの出力を人間が確かめる工程を最初から設計に組み込んでおく必要があります。

確かめる工程が要るのはミスを拾うためだけではありません。AIがどれほど流暢で高度に見える答えを返しても、その内容を人間が判断し、修正し、責任を持って受け入れられなければ、業務では使えないからです。受け取る人が中身を理解できる範囲を超えてしまうと、その出力はいくら速くても組織の成果にはなりません。最終的に「これでよい」と受け入れるのは人の側です。

AIが暗黙知を外す3つの原因

ここまでで、「書かれていれば加工できる」「書かれていなければ出てこない」という大きな線を引きました。ただ、現場で「AIの答えが教科書的だ」「的外れだ」と感じるとき、原因はもう少し細かく分かれます。原因が分かれば、打ち手も分かれます。そこで、AIが暗黙知を外す失敗を3つに切り分けます。これはSkillRelayが現場の失敗を整理した診断軸です(株式会社taiziiiの整理。この記事ではこれを「3つの失敗」と呼びます)。

図解C1-3 対比表 AIが暗黙知を外す3つの失敗(参照/解釈/そもそも無い・症状と対策と打ち手の方向)

3つの失敗は、次のように分かれます。

失敗① 参照の失敗(必要情報に辿り着けない・埋もれる)

必要な情報は社内文書のどこかに書いてあるのに、AIがそこに辿り着けていない状態です。RAGでは、必要な内容が検索で上位に来ない、取得されてもコンテキストに入らない、入っても生成時に使われない、という失敗が起こります(出典 Barnett, S. et al. “Seven Failure Points When Engineering a Retrieval Augmented Generation System,” arXiv, 2024)。たとえば、ある製品の検査基準が品質マニュアルにきちんと書いてあるのに、関連しない数百ページの規程と一緒に渡したために、AIが別の製品の基準を引いてきて答えてしまう、という外し方です。原因は「情報が無い」ことではなく「情報に届いていない」ことです。対象トピックで検索範囲を絞ることは実務上の一手ですが、それだけで解決すると一般化はできません。取得結果、コンテキスト投入、最終回答の各段階を分けて点検します。これとは別に、情報が長い入力へ入った後も、冒頭や末尾に比べて相対的に中央に置かれた情報が使われにくい傾向が報告されています(出典 Liu, N. F. et al. “Lost in the Middle: How Language Models Use Long Contexts,” Transactions of the Association for Computational Linguistics, 12, 2024)。

失敗② 解釈の失敗(情報はあるが使い方が分からない・例外と通常が混在・社内用語が揺れる)

情報そのものは渡せているのに、AIがそれをどう使えばいいか分からない状態です。よくあるのは、通常案件向けの基準と例外案件向けの基準が、同じ文書に区別なく書かれているケースです。たとえば品質検査の文書に「キズがあれば不合格」と書いてある一方、別の段落に「ただし、ごく浅いキズで機能に影響しない部品は、納期優先のときに限り出荷可」という例外が混ざっている。AIは両方を等しく読んで、通常案件なのに例外ルールを当てはめてしまう、あるいは逆をやります。社内用語の揺れも同じです。同じ部品を現場では「A型」、図面では「旧仕様」と呼んでいると、AIは別物として扱います。対策は3つです。使う条件を明示してから渡すこと、例外は通常と別のカードに分けること、社内用語の定義をそろえること。SkillRelayの整理では、これを「5W+WHICH」(誰が・いつ・なぜ・何を使い・通常か例外か)で条件を固定する、と呼んでいます(株式会社taiziiiの整理)。

失敗③ そもそも無い(暗黙知=書かれていない)

これがこの記事の中核です。失敗①も②も情報自体は社内のどこかに存在していました。だから、絞って渡す・条件を固定する、という打ち手で直せます。けれども失敗③は、情報がそもそもどこにも書かれていません。ベテランの判断基準は、定義からして言語化されていない暗黙知だからです。「この組み合わせのときは危ない」という勘所は本人の頭の中にあるだけで、文書にも、データにも、メールにも残っていません。だから、絞っても条件を固定しても出てきません。対策はただ一つ、本人に質問して引き出すことです。失敗①②が「AIが既存文書を扱う場面の失敗」なのに対し、失敗③だけは打ち手の方向が違います。読ませるのではなく、聞かせる。次の章のテーマです。

図解C1-4 ステップ/フロー 失敗の切り分け診断(「文書に書かれているか」で①②と③に分岐し打ち手が決まる)

この3分解の使い方は診断です。AIの答えが教科書的・的外れだと感じたら、まず「その判断基準は、社内のどこかに文章で書かれているか」を問います。書かれているのに出てこないなら、失敗①か②です。絞って渡す、条件を固定する、で直せる可能性が高い。書かれていないなら、失敗③です。これはRAGの強化では直りません。本人に聞くしかありません。原因を取り違えると、書かれていないものを探してデータ連携を増やし続ける、という徒労に陥ります。切り分けが最初の一歩です。

暗黙知を扱うにはAIに読ませる前に聞かせる

暗黙知を引き出す起点を、資料を読ませることから本人に質問することへ切り替えます。失敗③で見たとおり、暗黙知は、データの中ではなくベテランの頭の中にあるからです。起点が「本人に質問する」ことになると、AIに任せる役割も変わります。文書の読み手ではなく、本人から話を引き出す質問者(インタビュアー)です。

そして、AIは聞き手に向いています。向いている理由は4つあります。

図解C1-5 要素分解 AIが聞き手に向く4つの理由(聞き直し無制限/時間の制約が緩い/その場で構造化・記録/力量差が出ない)

理由① 聞き直しの回数に制約がない。人間の聞き手が相手だと、「さっきも聞いたのに、また確認するのは申し訳ない」という遠慮が生まれます。すると、いちばん知りたい核心を踏み込みきれずに終えてしまいます。AIが相手なら、その遠慮がありません。同じ論点を、遠慮なく何度も角度を変えて確認できます。たとえば「先ほど『社長の人柄を見る』とおっしゃいましたが、具体的にどこを見ますか」「人柄が良くても見送ったことは」「逆に人柄に難があっても通したことは」と、同じ論点をしつこく掘り下げても、相手は嫌な顔をしません。掘り下げた先に、本人も気づいていなかった判断基準が出てきます。

理由② 時間の制約が緩い。人間のインタビュアーを押さえるとなると、双方の予定を合わせる必要があり、まとまった時間も必要です。AIが相手なら、多忙なベテランの都合のよい時間に、例えば15分前後に分けて対話できます。移動中の10分ほど、会議の合間の15分ほどでも積み上げられます。日程調整の負担が消える分、協力のハードルが下がります。

理由③ 回答をその場で構造化・記録できる。人間が聞き取ると、その場のメモは残っても、後で読み返すと文脈が抜けていることがあります。AIが相手なら、話した内容が消えず、しかも「いまの話は『新規顧客×値引き要求』の条件ですね」とその場で整理しながら進められます。整理された記録がそのまま残るので、聞きっぱなしにならず後工程のルール化につながります。

理由④ 聞き手の力量による差が出ない。人間のインタビューは、聞き手の経験や勘どころに品質が大きく左右されます。上手な聞き手なら核心を引き出せても、不慣れな聞き手だと表面的な話で終わります。質問の設計を一度作り込んでAIに持たせれば、誰が回しても同じ水準の聞き取りを繰り返せます。聞き手を育てる時間がいらない分、すぐに横展開できます。

逆に言えば、AIの聞き取りは質問の設計で決まります。何を・どの順で聞くかが定まっていなければ、何度やり取りを重ねてもただの雑談で終わってしまいます。設計の中身は、後述する「質問の4つの型」で具体的に示します。

暗黙知を扱うAI活用では、「読ませる」だけでなく「聞かせる」設計が必要です。文書を検索するだけでは、まだ語られていない判断基準は出てきません。

多忙なベテランから判断を引き出すには具体案件から入る

「聞かせるのが現実解なのは分かった。でも、肝心のベテランが多忙で、なかなか時間を取ってくれない」。これは導入の現場でいちばん多いつまずきです。当社調査でも、スキル継承の最大の障壁として「日々の業務多忙で優先度が低い」が最多に挙がっています(株式会社taiziii調べ・管理職〔課長以上〕200名・インターネット調査。以下同じ)。協力を得るには、聞く単位を小さくし、相手の役割を監修者として位置づけ、具体案件から入る設計が必要です。

一つ目は、短い単位に分割することです。理由②でも触れたとおり、AIが相手なら時間の制約が緩いので、まとまった2時間を確保しようとせず、移動の合間や会議前の15分ほどに区切って聞きます。「今日はこの1トピックだけ」と区切れば、ベテランも構えずに応じやすくなります。

二つ目は、本人を「情報提供者」ではなく「監修者」として位置づけることです。「あなたのノウハウを吸い上げたい」と言われると、自分の希少性が下がる、置き換えられる、と感じて、肝心な判断を話してくれないことがあります。この摩擦は、知識を出すことが評価や地位の低下につながると受け取られたときに起きます(株式会社taiziiiの整理)。そこで、ベテランを「若手の判断をレビューする監修者」「AIの整理が合っているかを認定する人」として立てます。役割が「奪われる側」から「次世代を育てる側」に変わると、協力が引き出しやすくなります。これは、引き出した内容を必ず本人に戻して確認する運用とも整合します。

三つ目は、例外の話から入ることです。「あなたの判断基準を教えてください」と正面から聞くと、本人も言葉にしづらく、答えに詰まります。代わりに「いままでで、いちばんヒヤッとした案件は」「基準は満たしていたのに、見送ったことは」と、印象に残っている具体的な場面から入ると人は話しやすくなります。語りやすい入口から入って、そこから判断基準を掘り下げる順番です。

自社のケースで「読ませる」と「聞かせる」のどちらを選ぶべきかは、次の2つの質問で判定できます。

図解C1-6 ステップ/フロー 判定フローチャート「その暗黙知、AIで形式知化できるか」(質問1→質問2でA/B/C・間接法に振り分け)

質問1 その知識は、すでにどこかの文書に書かれていますか

  • 書かれている → それは暗黙知ではなく、整理されていない形式知です。RAG・要約・構造化(できることA)で活用できます。先の「3つの失敗」でいえば、失敗①②の領域です。
  • 書かれていない → 質問2へ進みます(失敗③の領域)。

質問2 その知識を持っている本人に、まだ話を聞けますか

  • 聞ける → 対話で引き出します(できることB)。この後の「質問の4つの型」をそのまま使ってください。
  • 聞けない(すでに退職している等) → データからの自動抽出(できないことC)に頼ることはできません。間接的な方法に切り替えます。手順はこうです。まず、過去の案件記録(稟議書・検査記録・対応履歴など、結果だけでも残っているもの)を集め、そこから「この人はこういう条件のとき、こう判断していたのではないか」という仮説を組み立てます。次に、その仮説を、当時を知る社員や、近い業務を担う有識者に見てもらい、「この読み方で合っているか」を確かめます。仮説と確認の往復を重ねて、確からしい部分だけを条件付きルールとして残します。ただし、これは本人に聞くより確度が落ち、手間もかかります。だからこそ、本人がいるうちに聞くのが、最も確実で、コストも小さい方法です。

判断を引き出す4つの質問型

「聞かせる」と言っても、「あなたの暗黙知を教えてください」と正面から聞くのは得策ではありません。本人も意識せずに使っている知識なので、答えに困ってしまうからです。必要なのは、判断が言葉になって表に出る場面を質問で作ることです。

見落とされがちなのですが、AIに良い仕事をさせるとき、出力の質を決めているのは最後の調整ではなく、最初に渡す入力です。そしてその入力を書く作業の正体は、自分の頭の中にある前提や判断の基準を言葉にすることそのものです。だから、AIに良い指示を書くことと、ベテランの暗黙知を言葉にすることは、実は同じ作業の表と裏なのです。

だからこそ、次の4つの型は、AIへの指示文(プロンプト)にそのまま使えますし、人間が聞き取りをするときの質問例としても機能します。なお、4つの型の背景には、判断を引き出すための手法(過去の判断を本人に再体験してもらう、通した案件と落とした案件を対比する、ギリギリの境界を探る、仮定の状況を投げる、例外パターンを集める、の5つ)があります。これらはSkillRelayが知識工学・認知科学をもとに整理した独自の引き出し手法です(株式会社taiziiiの整理)。4つの型は、この手法を現場で使いやすい質問の形に翻訳したものです。

図解C1-7 要素分解判断を引き出す質問の4つの型(仮定/境界線の数値化/根拠の分解/例外の掘り起こし)

この4つの型は、Excel付録「判断を引き出す質問4型ワークシート」としても用意しています。質問例ごとに、ベテランの回答と条件付きルールへの変換を書き込める記入欄をつけてありますので、印刷して聞き取りに使えます。

型① 仮定で判断パターンを広げる

この型では、「もし条件がこう変わったら、判断は変わりますか」と仮定を立てて聞きます。現実に起きた案件だけを材料にすると、ベテランの判断のうち、たまたま起きた状況の分しか観察できません。実際には起きなかった状況での判断は、頭の中にあっても表に出ません。仮定の条件を少しずつ変えながら聞くことで、まだ言葉になっていない判断のパターンを引き出せます。

例を挙げます。与信判断の場面です。

質問 「この取引先、いまは与信枠を上げてよいと判断されましたね。もし直近の売上が8%減っていたら、判断は変わりますか」

ベテラン 「8%なら、まだ上げる。10%を超えてくると、いったん止めて理由を確かめる」

質問 「その『理由を確かめる』というのは、何を見るんですか」

ベテラン 「一過性の減少か、構造的なものか。たとえば主要顧客が1社抜けただけなら、また戻る見込みがある。複数顧客から少しずつ減っているなら、これは危ない」

最後の往復で、「売上8%減」という単純な数字の話が、「減少の原因が一過性か構造的か」「複数顧客からの減少は危険」という判断基準に変わりました。「なんとなく売上が落ちたら警戒する」という曖昧な状態から、「複数顧客から少しずつ減っている場合は、構造的な問題として警戒する」という言葉にできる形になりました。

型② 判断が切り替わる境界線を数値化する

この型では、「どこを境に、判断が切り替わりますか」とOKとNGの境目を数字で特定します。「利益率が何%を下回ったら再検討しますか」「在庫が何個を切ったら危険と見ますか」といった聞き方です。境界線が数字になると、本人以外の人が同じ線を引けるようになります。「なんとなく利益率が低いと不安」では、若手は再現できません。「9%を切ったら再検討」なら誰でも同じ判断ができます。

例を挙げます。在庫管理の場面です。

質問 「この部品、いつ発注をかけるか、何を見て決めていますか」

ベテラン 「在庫が少なくなってきたら、かな」

質問 「『少なくなってきたら』というのは、だいたい何個くらいですか」

ベテラン 「うーん、感覚だけど、50個を切ったあたり」

質問 「では40個なら必ず発注しますか。60個ならまだ大丈夫ですか」

ベテラン 「40個なら絶対かける。60個でも、納期が長い部品なら早めにかける」

最初は「少なくなってきたら」という言葉にならない感覚でした。最初から正確な数字が出なくても構いません。「だいたい50個」が出たら、「では40個ならどうか、60個ならどうか」と一段ずつ確かめていきます。最後には「40個で必ず発注、ただし納期の長い部品は60個でも発注」という、納期という条件まで含んだ境界線が出てきました。

型③ 判断の根拠を分解する

この型では、「その判断の根拠は、数値ですか、過去の経験ですか、リスクの直感ですか、それとも社内ルールですか」と根拠を要素に分けます。「なんとなく」の一言の中には、種類の違う根拠が混ざっています。分解してみると、数値で検証できる部分、過去の具体的な事故の記憶に基づく部分、ルールで決まっていた部分が分かれて見えてきます。分かれた要素は、それぞれ別の形で文書化できます。数値の部分は基準として、経験の部分は事例として、ルールの部分は規程として残せます。

図解C1-8 要素分解判断の根拠を分ける5つの粒度(明示ルール/経験則/パターン/条件分岐/トレードオフ・各々の文書化先)

分解するとき、根拠を5つの種類で受け止めると整理しやすくなります。SkillRelayの整理では、知識の粒度を、明示ルール(社内規程に書いてあるもの)、経験則(おおむねこうするという経験的な勘どころ)、パターン(言語化しにくい直感)、条件分岐(「もし○○なら△△する」というIf-Then)、トレードオフ(二つの良いことが両立しないときの重みづけ)の5つに分けています(株式会社taiziiiの整理)。分解した要素をこの5つのどれかに当てはめると、文書化の方法が決まります。

例を挙げます。企画の良し悪しを見極める場面です。

質問 「この企画、通すと判断されましたね。何が決め手でしたか」

企画責任者 「なんとなく、いけると思った」

質問 「その『いける』は、数字の根拠ですか、過去に似た企画が当たった経験ですか、それともリスクが低いという直感ですか」

企画責任者 「数字というより、過去にこの層向けの企画が当たったから。あと、初期投資が回収できる範囲だったのが大きい」

質問 「『回収できる範囲』というのは、いくらまでなら通しますか」

企画責任者 「初期投資が、想定売上の3割を超えなければ」

「なんとなくいける」が、「過去にこの顧客層向けの企画が当たった経験(経験則)」と「初期投資が想定売上の3割以内(明示できる境界線)」の2要素に分解されました。前者は事例集に、後者は基準として、別々に残せます。

型④ 例外を掘り起こす

この型では、「基準を満たしているのに見送ったケースはありますか」「逆に、基準を外れていたのに通した案件はありますか」と例外を聞きます。ルールに書かれている本当の判断は、通常案件ではなく例外にこそ現れます。通常案件は、ルールどおりに処理すれば済むので、ベテランの判断力はほとんど使われていません。ベテランの真価は、ルールでは割り切れない場面で発揮されます。通常案件だけを聞いても本当の判断基準は出てこないため、例外を聞きます。

例を挙げます。品質検査の場面です。

質問 「検査基準を満たしているのに、出荷を見送ったことはありますか」

検査責任者 「ある。基準は全部クリアしていたけど、表面の仕上がりがいつもと違う感じがして、止めた」

質問 「『いつもと違う感じ』というのは、具体的に何を見たんですか」

検査責任者 「色味が、わずかにムラっぽかった。基準の範囲内だけど、この取引先は仕上がりにうるさいから、念のため」

質問 「では、その取引先以外なら、同じムラでも出荷しますか」

検査責任者 「する。基準内だから。問題はその取引先だけ」

「なんとなく止めた」が、「基準内でも、仕上がりに厳しい特定の取引先向けには、色味のムラがあれば見送る」という、取引先という条件つきの判断に変わりました。これは通常の検査基準には書かれていません。例外を聞いて初めて出てきた判断です。

当社の調査でも、引き継ぎの際に不足していた判断の観点として最も多く挙がったのは「イレギュラーな状況や例外発生時の判断の基準」(40.5%・複数回答)でした。現場が本当に困る場面の判断は、通常案件をいくら聞いても出てきません。例外を聞くのです。

「なんとなく」で止まる理由と、具体案件・対比で聞き直す方法

4つの型を使っても、「いやあ、長年やってると分かるんだよ」「なんとなく、としか言えない」で止まってしまうことがあります。その場合は、抽象的な説明をさらに求めるのではなく、具体的な案件と対比に戻して聞き直します。

一つは、具体的な案件を一つ、目の前に置くことです。抽象的に「あなたの判断基準は」と聞くと「なんとなく」になりますが、「先月のあの案件、なぜ止めたんですか」と特定の一件に絞ると、人は具体的に思い出せます。まず印象に残っている案件を一つ話してもらい、「そのとき何が引っかったのか」を掘り下げてから、仮定や境界線の質問に進むと、答えが出やすくなります。

もう一つは、対比で聞くことです。「なんとなく危ない」と返ってきたら、「では、危なくなかった似た案件と、何が違いましたか」と、通した案件と止めた案件を並べて差を聞きます。人は一つのものを説明するのは苦手でも、二つを比べて違いを言うのは得意です。「あっちは社長が長く続いていた、こっちは直前に交代していた」のように、比べた瞬間に、判断を分けていた条件が言葉になります。それでも出てこない要素は、言葉にしきれない身体感覚に近い部分かもしれません。その扱いは「形式知化できない判断はどう扱うか」の章で改めて触れます。

なんとなくを条件付きルールに変える

質問への回答を、そのまま議事録として保存するだけでは不十分です。それでは、検索されない文書が一つ増えるだけです。引き出した発言を、他人とAIが使える形にするには、決まった手順があります。

図解C1-9 ステップ/フロー 「なんとなく」を条件付きルールに変える3ステップ(要素に分解→条件文に組み直す→本人に戻して確認)

やり方はこうです。まず、引き出した発言を要素に分解します(型③でやった作業です)。次に、その要素を「〜の場合は、〜を見て、〜なら、〜する」という条件文の形に組み直します。最後に、組み直した条件文を本人に戻して、「この整理で合っていますか」と確認します。この3ステップを踏んで、初めて他人とAIが使える形式知になります。条件文への変換と本人確認を省くと、後で本人の意図とずれたまま固まってしまいます。この一連の作業は、Excel付録「判断を引き出す質問4型ワークシート」の記入欄に沿って進められます。

この手は、製造現場の勘や技能だけのものではありません。与信判断、審査、企画の良し悪しの見極めといった、数字や言葉で扱うホワイトカラーの判断業務にも、同じ質問の型がそのまま効きます。むしろ言語化の手がかりが多いぶん、引き出しやすい領域でもあります。

変換の例を2つ示します。

一つ目は与信判断です。出発点は「経験的に、危ない案件は何となく分かる」という発言です。これを4つの型で分解していくと、たとえばこう変わります。「新規顧客で、かつ初回から値引き要求が強い案件は、過去に回収トラブルが多かったため、与信枠を一段階下げて取引を始める」。ここまで来れば、若手も参照できますし、AIの参照文書(RAGの対象)にも加えられます。

二つ目は、品質検査の見送り判断です。型④の例で出てきた発言を変換します。出発点は「基準内だけど、なんとなく止めた」でした。これを条件文にすると、こうなります。「仕上がりに厳しい取引先(A社・B社)向けの製品は、色味のムラが基準内であっても、目視でムラが認められる場合は出荷を見送り、再検査に回す」。どの取引先のとき(条件)、何を見て(色味のムラ)、どうなら(目視で認められる)、どうする(見送って再検査)が、すべて言葉になりました。これなら、ベテランがいなくても、若手が同じ判断にたどり着けます。

図解C1-10 対比表判断は平均しない(×丸めて1本化=根拠が消える/○帰属を保ち条件付きで両方残す)

このとき、守るべき原則が一つあります。複数のベテランで判断が分かれた場合に、平均して一本のルールにまとめないことです。平均してはいけない理由を例で示します。Aさんは「利益率が15%を切ったら再検討」、Bさんは「12%を切ったら再検討」と言ったとします。違うからといって「12〜15%」と丸めた瞬間に、両方の根拠が消えてしまいます。Aさんが15%で線を引くのは、Aさんが担当する新規顧客中心の取引では回収リスクが高いからかもしれません。Bさんが12%なのは、Bさんの担当が長年の固定客中心で、多少利益率が下がっても回収は堅いからかもしれません。「12〜15%」と丸めると、この「なぜその線なのか」という条件がまるごと失われ、どちらの状況にも当てはまらない中途半端な数字だけが残ります。

だから、誰の・どの条件での判断なのかという帰属を保ったまま、別々の条件付きルールとして残します。「新規顧客中心の取引では15%(Aさん基準)」「固定客中心の取引では12%(Bさん基準)」と、条件つきで両方残す。例外は必ず別に分けます。判断が人によって違うこと自体は問題ではありません。条件が違えば適切な判断も違うからです。違いを消さずに残しておけば、「どの条件ではどちらのルールを使うか」を後から検討できます。

判断が食い違うときは平均せず帰属を保つ

ベテラン2人に聞いたら判断基準が違った、どちらが正しく、どちらを採用すべきか、と迷う場面があります。いま述べた帰属の話に直結する疑問です。

どちらかを選ぶのでも、統合するのでもなく、条件で分けます。食い違いの多くが「正しい・間違い」ではなく「前提条件の違い」だからです。先のAさん15%・Bさん12%の例で見たとおり、二人は別々の状況を前提に、それぞれの状況では正しい線を引いています。どちらかを正解と決めて一本化すると、もう片方の状況で外します。

だから、まず食い違いの背後にある条件の違いを聞き出します。「Aさんは15%、Bさんは12%とのことですが、お二人の担当されている取引先のタイプは違いますか」と確かめれば、たいてい前提の違いが出てきます。そのうえで、「どの条件ではどちらの基準を使うか」を条件分岐の形で残します。本当にどちらかが古い・誤っているとはっきりした場合だけ、片方を廃止します。ただしその判定は、本人たちと業務責任者が確かめる仕事であって、AIが「Aさんが正しい」と評価する話ではありません。AIは食い違いを見つけて「ここが違っていますが、どちらの条件ですか」と問い返すところまでです。

「なんとなく」を条件付きルールに変えていく作業は、現場の管理職にとって遠い話ではありません。同じ調査で、AIとの対話形式でベテランの判断基準を引き出すスキル継承に「興味がある」と答えた管理職は59.5%にのぼります。また、AI導入に期待するメリットとして最も多く選ばれたのは「業務品質の標準化 若手でもベテランに近い判断ができるようになること」(54.6%・複数回答)でした。期待の最上位は判断をそろえることでした。

抽出した判断が継承に変わらない3つの理由

ここまでで、暗黙知を引き出す方法までたどり着きました。けれども、引き出せたら継承が完了するわけではありません。むしろ、引き出した後にこそ見落とされがちな落とし穴があります。「言葉にして文書に残した」ことと「次世代が同じ判断をできるようになった」ことは、別のことだからです。

引き出した判断が継承につながらない失敗を、3つの空洞として整理します。これは知識継承の失敗パターン(表に出して終わる・AI仲介で理解が空洞化する・知識の鮮度が検証されない、の3つ)を、株式会社taiziiiが「3つの空洞」として再整理したものです。引き出して終わりにしないための設計図として使えます。

図解C1-11 対比表抽出が継承に変わらない3つの空洞(表に出して終わる/若手が考えなくなる/更新されず腐る・症状と処方)

空洞① 表に出して終わる空洞

文書化やAIによる要約ができた時点で「継承できた」と誤認してしまう失敗です。引き出した判断を条件付きルールにして保存すると、達成感があります。けれども、ルールが文書になっただけでは、若手がそれを使って同じ判断ができるとは限りません。読んで分かった気になることと、実際の案件で使えることの間には距離があります。文書化は継承の一部であって、終点ではありません。

処方は、ルール一つひとつに「使う場面」「演習課題」「レビュー観点」「合格基準」を紐づけることです。たとえば与信の条件付きルールを残したら、それで終わりにせず、過去の実案件を使った演習を用意し、若手に同じ判断をさせてみて、ベテランがレビューする。この一連をセットにして初めて、文書が継承の支えになります。

空洞② 若手が考えなくなる空洞

AIが答えを返すほど、若手が自分で判断を組み立てる訓練の機会を失っていく失敗です。AIに聞けばそれらしい答えが返ってくるので、若手は自分で仮説を立てたり、根拠を考えたりせずに済んでしまいます。短期的には速いのですが、長期的には、若手が「自分で判断する力」を育てられません。

この懸念には、実証研究の裏づけがあります。高校数学を対象にしたランダム化比較試験(RCT)では、練習中にAIが使える生徒は成績が上がりましたが、AIを外した最終試験では、答えをそのまま出すタイプのAIを使っていた群が、AIを一度も使わなかった生徒より17%低い結果になりました(出典 Bastani, H. et al. “Generative AI Without Guardrails Can Harm Learning,” PNAS 2025。査読付き・RCT。ただし高校数学・短期という限界があります)。AIが答えを「渡す」と、その場の成果は出ても、本人にスキルが残らないことを示した結果です。先のCHI 2025の調査でも、AIを使うと人間の役割が「自分で考える」から「AIの出力を検証する」側に移っていく傾向が報告されています。

ただし、ここで終わらせるのは早計です。同じBastaniの研究は、逆も示しています。答えをそのまま渡すのではなく、ヒントだけを出すタイプのAI(解き方の手がかりは出すが、答えは本人に考えさせる設計)にすると、悪影響はほぼ消えました。つまり、空洞②は「AIが悪い」のではなく「答えを渡す設計が悪い」のです。設計次第で防げます。

図解C1-12 ステップ/フロー 思考を肩代わりさせない学習ループ(若手が仮説3つ→AIが類似事例→ベテランが見落としを指摘)

処方は、AIに答えを渡させるのではなく、問いを深める使い方に切り替えることです。具体的な学習ループを示します。設備異常の原因を考える場面なら、まず若手に「原因の仮説を3つ挙げて」と考えさせます。次にAIが過去の類似事例を提示します。最後にベテランが、若手の仮説の見落としを指摘します(株式会社taiziiiの整理)。この順番だと、若手は先に自分の頭で考えてから、AIと突き合わせ、ベテランから学びます。AIが思考を肩代わりするのではなく、思考を広げる役割になります。

空洞③ 更新されず腐る空洞

一度引き出して文書化したルールを、誰も更新せず、廃止もせず、放置してしまう失敗です。業務条件・顧客・規制・設備は変わります。去年は正しかった判断基準が、今年も正しいとは限りません。けれども、抽出済みのルールは「正解」として保管されがちで、現場で合わなくなっても訂正されません。古いルールを参照したAIが、いまは通用しない判断を返すようになります。

処方は、ルールに更新の仕組みを持たせることです。具体的には3つです。誰がそのルールの更新責任を持つかを決める(更新責任者)。いつまで有効かを決める(有効期限・適用条件)。現場が「このルール、もう合っていない」と気づいたときに直せる経路を作る(現場からの訂正申請と承認フロー)。この3つがあると、ルールは固定された文書ではなく、現場の変化を取り込み続ける形になります(株式会社taiziiiの整理)。

AIで引き出した判断を読むだけでは継承にならない理由

条件付きルールをきれいに整えてAIに載せたら、若手はそれを読むだけで自分では考えなくなるのではないか、という心配が出てきます。空洞①と②に直結する、もっともな懸念です。

答えは読むだけの設計にしなければよい、です。空洞②で見たとおり、AIが答えをそのまま渡すと若手のスキルは育ちませんが、ヒント型にして本人に考えさせると悪影響はほぼ消えます。だから、引き出したルールを若手にそのまま読ませて終わりにするのではなく、「まず自分で判断してみる→ルールやAIと突き合わせる→ずれた理由を考える」という順番を設計に組み込みます。文書化したルールは、答えを配るためではなく、若手が自分の判断を照らし合わせる基準として使う。同じ文書でも、使い方の設計で、継承にも空洞にもなります。

暗黙知AIツールを選ぶ前に分けたい3つの役割

ここまで読んで導入を考え始めた方のために、実装の観点を2つ整理します。「人間とAIで何を分担するか」と「ツールをどう選ぶか」です。

図解C1-13 対比表人間とAIの役割分担(人間=対象選定・最終確認・最終責任/AI=質問生成・構造化・食い違い確認)

人間にしか担えない仕事が、3つ残ります。

一つ目は、対象の選定です。すべての業務・すべてのベテランから引き出すのは現実的ではありません。どこから着手すれば事業へのリスクが大きいかという優先順位は、事業の文脈を知る人間にしか判断できません。たとえば「この製品ラインの品質判断は、担当が一人に集中していて、退職が近い」という事情は、現場を知る管理職が決めることです。

二つ目は、内容の最終確認です。AIによる整理や条件文への変換が、本人の意図とずれていないかは、本人にしか分かりません。AIが「初回値引き要求が強い案件は警戒」とまとめても、本人が「いや、値引き要求そのものより、要求の仕方の強引さを見ている」と思っているなら、その差はベテラン本人にしか埋められません。

三つ目は、業務で使う最終責任です。引き出したルールを実際の案件に適用するかどうかの判断と、その結果への責任は、組織として人間が負うものです。AIが「過去の類似案件ではこう判断されていた」「この条件が前回と違う」といった判断材料を出しても、承認するかどうかを決め、結果を引き受けるのは人間です。

一方、AIに任せられるのは主に次の働きです。

一つ目は、質問の生成と深掘りです。4つの型を業務や案件に合わせて言い換え、回答に応じて次の質問を続けます。「8%減ならどうか、10%ならどうか」と一段ずつ掘る作業は、設計しておけばAIが繰り返せます。

二つ目は、回答の構造化です。発言を「〜の場合は、〜する」という条件付きルールの下書きに変換します(確定は本人の確認後です)。

三つ目は、過去の発言との食い違いの確認です。「以前は○○というご説明でしたが、今回の条件では逆になっています。どちらの条件でしょうか」と確かめ、あいまいな部分を残さず言葉にしていきます。ここでもAIは「どちらが正しい」と評価するのではなく、食い違いを見つけて問い返すところまでです。

ツールの選び方も、ここまでの整理がそのまま使えます。「暗黙知 AI」で探すと多様な製品が見つかりますが、大きくは3つの層に分かれます。

図解C1-14 階層/二層図「暗黙知 AI」ツールの3類型(検索型/インタビュー型/構造化支援型・各層の役割と対応する失敗①②/③)
  • 検索型(RAG・社内AIチャット) すでに書かれた形式知を探して活用する層。見分け方は「書かれているものを速く正確に探す」ことをうたっているかです。
  • インタビュー型書かれていない暗黙知を、対話で引き出す層。見分け方は「本人に質問して言語化する」「ヒアリングで判断基準を引き出す」ことをうたっているかです。
  • 構造化支援型引き出した知識をルールやFAQの形に整理する層。見分け方は「引き出した内容を条件付きルールや教材の形に変換する」ことをうたっているかです。

選ぶときに見るべきは、自社の課題がどちらなのかという一点です。「書かれているのに探せない」ことなのか、それとも「そもそも書かれていない」ことなのか。診断の例を挙げます。「就業規則の内容を聞かれても、担当者が毎回マニュアルを探すのに時間がかかる」なら、答えは文書にあるので検索型です。「ベテランの与信判断を若手に引き継ぎたいが、判断基準がどこにも書かれていない」なら、文書を探しても無いので、検索型をいくら強化しても解決せず、インタビュー型から検討することになります。先の「3つの失敗」でいえば、失敗①②なら検索型、失敗③ならインタビュー型です。

検索型とインタビュー型は課題で導入順が変わる

両方とも課題で、どちらから入るか迷う場合があります。実務上は「引き出す」が先、つまりインタビュー型が先です。

図解C1-15 ステップ/フロー 導入の正しい順番(引き出す→ルール化→検索型に載せる/逆順だと失敗③から抜けられない)

理由は、検索型は参照できる文書が増えるほど答えの質が上がるからです。インタビュー型でベテランの判断を引き出して条件付きルールにすると、それが検索型の参照対象として追加されます。つまり、先に引き出しておくと、後から入れる検索型の精度が上がる。順番が逆だと、検索型を先に入れても、肝心の判断基準が文書に無いままなので、教科書的な答え(失敗③)から抜け出せません。引き出してルール化したものを検索型に載せて初めて、両者がかみ合います。だから「引き出す→ルール化→検索型に載せる」の順で、インタビュー型を先に検討します。

言語化できない判断を継ぐには実践機会が必要になる

最後に、誠実な限界の話をしておきます。対話で引き出しても、すべてが言語化できるわけではありません。哲学者のマイケル・ポランニーは、暗黙知を論じた著作で「私たちは、語れる以上のことを知っている」と述べました(Polanyi, M. (1966) The Tacit Dimension。借用理論として出典明記)。人間の知には、言葉にしきれない部分が必ず残るということです。

図解C1-16 階層/二層図言語化できる範囲の3段階(①文書整理=ほぼ全面/②対話でルール化=部分的/③実践で継ぐ=身体感覚)

機械の音のわずかな違い、顧客の声のトーンから感じ取る温度感、その場の状況を踏まえた読み。こうした身体感覚に近い部分は、質問を重ねても条件文になりきらない領域として残ります。たとえば「いつもと違う音がしたら止める」という判断は、「いつもの音」を文章では伝えきれません。「AIに聞かせれば全部言語化できる」とは、ここでも主張しません。

身体感覚に近い判断は実践で継ぐ

では、言語化できない部分は諦めるのか。そうではありません。文書化できない部分は、文書ではなく実践の場で継ぎます。現実的な進め方はこうです。

まず、言語化できる部分は、これまでどおり条件付きルールにします。次に、言語化しきれなかった身体感覚の部分は、実際の場面で若手に経験させます。たとえば機械音の違いなら、若手に実機の前で判断させ、「いまの音、どう感じた」「なぜそう思った」と理由を言葉にしてもらい、ベテランの判断と突き合わせます。このフィードバックの往復を重ねると、最初は言葉にできなかった感覚が、少しずつ「高い音が混じったら要注意」のように言葉になっていきます。言葉にしきれない部分は、若手の身体に経験として蓄積されます。

この進め方は、若手が自分で問いを持ち、実案件で試し、レビューを受けるという往復が要点です(株式会社taiziiiの整理)。受け身で聞くだけでは身体感覚は移りません。先のBastaniの研究が示した「答えを渡さず考えさせる」設計と同じで、若手自身が判断し、理由を説明し、ベテランと突き合わせる過程を通してこそ、言葉にならない部分も継がれていきます。

図解C1-17 階層/二層図継承は2つのセットで設計(文書化=言語化できる部分/実践機会=言葉にしきれない身体感覚)

つまり結論は、文書化(言語化できる部分)と実践機会(できない部分)のセットで設計することです。どちらか一方では足りません。文書化だけでは身体感覚が抜け落ち、実践だけでは判断基準が人によってばらつきます。両方を組み合わせます。そもそも暗黙知の形式知化がなぜ難しいのか、その全体像は別記事『暗黙知の形式知化はなぜ難しいのか』で掘り下げています。

よくある質問

Q. 暗黙知をAIで言語化できる範囲はどこまでですか

A. 範囲は3段階に分かれます。すでに文書化された知識の整理・要約・検索・構造化は、AIに任せやすい領域です。ただし、原資料との照合と最終確認は人が行います。文書にない判断は、本人への質問を介せば「〜の場合は〜する」という条件付きルールの形で、部分的に言語化できます。質問でも言語化しきれない身体感覚などの部分は、実践とフィードバックで継ぐ領域です。たとえば与信判断なら、財務指標の確認は文書整理(第1段階)、「複数顧客から少しずつ減っている場合は警戒」は対話で引き出すルール化(第2段階)、「取引先の担当者の様子から感じる違和感」は実践で継ぐ部分(第3段階)、と分かれます。

Q. 暗黙知を形式知化すると、どうなりますか

A. ベテランが退職しても、若手が同じ条件で同じ判断にたどり着けるようになります。具体的には、「なんとなく危ない」という本人にしか分からなかった判断が、「新規顧客で初回から値引き要求が強い案件は、与信枠を一段階下げる」のような条件付きルールになり、若手も参照でき、AIの参照文書にも加えられます。当社調査でも、AI導入に期待するメリットの最多は「業務品質の標準化 若手でもベテランに近い判断ができるようになること」(54.6%・複数回答)でした。ただし、文書になっただけでは継承は完了しません。若手が実案件で使い、ベテランがレビューする工程まで設計して、初めて判断がそろいます。

Q. 何から始めればよいですか

A. 問い合わせが集中している業務と、依存度の高いベテランを1人選ぶことからです。理由は、対象を絞らずに全業務から始めると、すぐにプロジェクトが肥大化して重要な判断が埋もれるからです。質問の4つの型を使って、まず1業務分の判断を条件付きルールにしてみてください。小さな単位で始めれば、効果を確かめながら対象を広げられます。

Q. どの業務・どのベテランから着手すれば失敗しにくいですか

A. 「失われると事業への影響が大きく、かつ本人にまだ聞ける」業務とベテランからです。判断の手順は、まず「この人の判断が失われたら、どの品質・納期・顧客・収益が壊れるか」を業務ごとに見積もります。次に、その中で退職や異動が近い人を優先します。影響が大きくても本人がまだ何年も在籍するなら急ぎませんが、影響が大きく本人が近く退職するなら最優先です。当社調査では、属人化したスキルが集中する年代として50代以上が最多(60.3%)に挙がっており、退職時期の近いベテランから手をつけるのが現実的です。

Q. なぜ暗黙知は社内で共有されないのですか

A. 理由は2つあります。一つは、暗黙知が定義からして言語化されていないため、本人も「何を共有すればいいか」が分からないことです。「あなたの判断基準を教えて」と言われても、無意識に使っているので答えに詰まります。もう一つは、共有することが本人にとって得にならないと感じられる場合があることです。自分の希少性が下がる、置き換えられる、という心理的な摩擦があると、肝心な判断は出てきません。前者は質問の4つの型で引き出すこと、後者はベテランを監修者として位置づけて貢献が評価される形にすること、で対処します。

Q. RAGとの違いは何ですか

A. RAGは「すでに書かれたものを探して答える」仕組みです。暗黙知の引き出しは「まだ書かれていないものを質問で言葉にする」工程で、RAGの前段に当たります。順番が大事で、先に引き出して条件付きルールにした判断をRAGの参照対象に加えれば、両者はつながります。逆に、引き出す前にRAGだけ強化しても、判断基準が文書に無いままなので、教科書的な答えしか返りません。

Q. ベテランの判断の引き出し方が分かりません。具体的にどう聞けばよいですか

A. 「あなたの暗黙知を教えて」と正面から聞かず、判断が表に出る場面を質問で作ります。4つの型が使えます。型①は仮定(「もし売上が8%減なら判断は変わりますか」)、型②は境界線の数値化(「利益率が何%を下回ったら再検討しますか」)、型③は根拠の分解(「その判断の根拠は数値ですか経験ですか」)、型④は例外(「基準を満たしているのに見送ったことは」)です。最初に、印象に残っている具体的な案件を一つ話してもらい、そこから掘り下げます。

Q. 退職してしまったベテランの判断は、もう取り戻せないのですか

A. 本人に聞くより確度は落ちますが、間接的に近づける方法はあります。過去の案件記録(稟議書・検査記録・対応履歴など)から「この人はこういう条件のとき、こう判断していたのではないか」という仮説を立て、当時を知る社員や近い業務の有識者に「この読み方で合っているか」を確かめてもらいます。仮説と確認の往復で、確からしい部分だけを条件付きルールとして残します。ただし、これは本人に聞くより手間がかり、確度も劣ります。だからこそ、本人が在籍しているうちに聞くのが最も確実です。

Q. 形式知化できたかどうかは、何で確かめればよいですか

A. 「文書が一つできた」ことではなく、「同じ条件で、別の人がベテランと同じ判断にたどり着けるか」で確かめます。手順は、条件付きルールにした後、若手に同じ案件で判断させてみて、ベテランの結論とそろうかを照合します。そろわなければ、ルールの条件が足りないか、言語化しきれない部分が残っています。この再現性が取れて初めて、判断が継承できたと言えます。文書の数や検索回数では測れません。

暗黙知はデータではなく人から引き出す

「暗黙知はAIで形式知化できるのか」という問いへの答えは、できる範囲とできない範囲を分けて考える必要がある、です。すでに言葉になっている知識の加工(A)と、本人から引き出す対話の支援(B)はできます。文書に書かれていない判断を、データから自動で抽出すること(C)はできません。

社内データを読み込ませても教科書的な答えしか返ってこなかったのは、AIの性能不足でも、現場の使い方の問題でもありません。参照した文書の中に、判断基準が書かれていなかったからです。AIは、存在しない判断基準を検索で見つけることも、一般論から自社固有の線引きとして復元することもできません。そして打ち手は、データを増やすことではなく、AIに任せる役割を変えることです。文書の読み手から、本人への質問者へ。「読ませる」から「聞かせる」へ、です。

ベテランがまだ社内にいるなら、引き出すための時間は残されています。質問の4つの型を使って、1業務分だけ試してみてください。「なんとなく」が一つ条件文に変わったとき、この転換の意味が実感できるはずです。

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※この記事は、知識ではなく”判断力”の継承に取り組む株式会社taiziiiが運営しています。ベテランから判断を引き出す「質問の4つの型」テンプレート(AIへの指示文として使えるプロンプト例つき)の配布版は、こちらからダウンロードできます

出典・参考文献

加藤晃寿郎

この記事の執筆者

加藤晃寿郎

株式会社taiziii 代表取締役 慶應義塾大学で経済学を専攻しながら、エンジニアとして在学中にコスメ系アプリ事業で起業。 上記起業を経て、再度在学中にシステム開発会社を創業。Webのフロント開発からバックエンド開発まで、あらゆるWeb開発、幅広く対応可能なオールラウンダーとして活躍。 大規模開発のためのエンジニアチームを持っているという特性も活かしながら、外部CTOとしても多くの企業の開発課題を解決してきている。 StockSunを含め複数社の事業新規立ち上げ、開発支援を行っており、ビジネス設計を含めた設計及び開発までワンストップで対応している。

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