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システム開発・AI導入なら株式会社taiziii コラム 【完全ガイド】SAP S/4HANA移行、3つの方式を徹底比較!2027年問題の先を見据えたDX戦略の描き方
【完全ガイド】SAP S/4HANA移行、3つの方式を徹底比較!2027年問題の先を見据えたDX戦略の描き方
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【完全ガイド】SAP S/4HANA移行、3つの方式を徹底比較!2027年問題の先を見据えたDX戦略の描き方

「SAPの2027年問題は理解しているが、グリーンフィールド、ブラウンフィールド、ブルーフィールド…結局どの移行方式が自社に最適なのか、確信が持てない」
「現場からは『今の業務プロセスを変えたくない』という根強い抵抗があり、調整が難航している。このままではただのシステム延命で終わってしまう…」
「ベンダーから様々な提案を受けるが、どれも一長一短。彼らの言い分を鵜呑みにしていいものか。プロジェクトの主導権を握りきれていない気がする…」

大手企業のERP推進責任者や情報システム部門の役員の方々から、このような切実なお悩みを伺う機会が少なくありません。SAP S/4HANAへの移行は、単なるシステム更新に留まらない、企業の競争力を左右する極めて重要な経営判断です。しかし、その重要性ゆえに、関係各所との調整は複雑を極め、プロジェクトが停滞、あるいは方向性を見失ってしまうケースも散見されます。

では、なぜこれほどまでにS/4HANA移行は円滑に進まないのでしょうか。その根源的な原因は、「移行の目的が曖昧なまま、技術的な選択肢の比較という“手段の議論”に終始してしまっている」ことにあります。

本記事では、SAP S/4HANA移行における主要な3つの方式(グリーンフィールド、ブラウンフィールド、ブルーフィールド)を、技術的・ビジネス的側面から深く、そして網羅的に徹底比較します。さらに、国内大手企業の豊富な成功・失敗事例を分析し、自社に最適な方式を選び抜くための具体的な判断基準と、プロジェクトを成功に導くための実践的なチェックリストを提示します。

この記事を最後までお読みいただくことで、貴社のビジネス戦略や現行システムの状況に照らし合わせ、「なぜこの方式を選ぶのか」を明確な根拠を持って判断し、経営層や現場、そしてベンダーを巻き込みながらプロジェクトを力強く推進するための論理武装を固めることができるようになります。

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目次

第1章:なぜ今、S/4HANA移行が急務なのか? – 「2027年問題」の深刻度とDXへの好機

1-1. サポート終了がもたらす、3つの経営リスク

多くの企業がS/4HANAへの移行を迫られている直接的なきっかけは「2027年問題」です。これは、現在多くの企業で稼働している基幹システム「SAP ERP 6.0 (ECC)」のメインストリームサポートが、2027年末をもって終了することを指します。この事実がもたらす経営上のリスクは、一般的に考えられているよりも深刻です。

  1. セキュリティリスクの増大:サポートが終了すると、新たなセキュリティパッチが提供されなくなります。 近年、サイバー攻撃はますます巧妙化・悪質化しており、基幹システムが攻撃の標的となるケースも少なくありません。最新の防御策が施されない無防備なシステムを使い続けることは、企業の機密情報や顧客データを危険に晒し、事業継続そのものを脅かす致命的なリスクとなり得ます。
  2. ビジネス環境の変化への対応不可:法改正や新しい会計基準など、ビジネスを取り巻く環境は常に変化しています。サポート終了後は、こうした制度変更に対応するための更新プログラムも提供されません。自社で個別に対応するには莫大なコストと時間がかかり、コンプライアンス違反のリスクも高まります。
  3. イノベーションの停滞:サポートが切れたECC環境では、SAP社による機能拡張は行われません。 つまり、AI、機械学習、IoTといった最新のデジタル技術を活用した業務改革や、新たなビジネスモデルの創出が極めて困難になります。 競合他社がデータを活用して経営を高度化させていく中で、自社だけが旧世代のシステムに縛られ、競争力を失っていく「攻めの経営」ができない状態に陥ってしまうのです。

1-2. S/4HANAは単なるERPではない。「DX実現プラットフォーム」としての真価

2027年問題への対応は、こうしたリスクを回避するための「守りのIT投資」と捉えられがちです。しかし、S/4HANAへの移行は、それ以上に、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を根本から加速させる「攻めの経営基盤」を構築する絶好の機会と捉えるべきです。

S/4HANAは、従来のECCとはアーキテクチャが根本的に異なります。超高速なインメモリデータベース「SAP HANA」と、直感的な操作性を実現する新しいユーザーインターフェース「SAP Fiori」を標準搭載。これにより、以下のような変革が可能になります。

  • リアルタイム経営の実現:従来、夜間のバッチ処理で集計していた販売実績や在庫状況といった経営数値を、リアルタイムで把握できます。これにより、経営層は常に最新のデータに基づいた迅速かつ正確な意思決定を下せるようになります。
  • 業務プロセスの高度化:これまで分断されていた各業務プロセスのデータが統合され、部門を横断したスムーズな連携が実現します。NTTデータGSLが指摘するように、S/4HANAは単なるERPパッケージではなく、「DXを実現する統合プラットフォーム」なのです。
  • ユーザー体験の向上:SAP Fioriにより、スマートフォンやタブレットからも、消費者向けアプリのように直感的にシステムを操作できます。これにより、現場の従業員の生産性が向上し、データ入力の負荷やミスが軽減されます。

つまり、S/4HANAへの移行は、単なる技術的な刷新に留まらず、業務プロセスの変革や経営判断の迅速化を伴う「ビジネストランスフォーメーション」そのものなのです。

第2章:移行方式の全体像と比較 – グリーンフィールド、ブラウンフィールド、ブルーフィールド

SAP S/4HANAへの移行方式は、大きく分けて3つのアプローチが存在します。それぞれの特性を正しく理解し、自社の目的や状況と照らし合わせることが、プロジェクト成功の第一歩となります。ここでは、各方式の概要と、技術的・ビジネス的側面からの詳細な比較を行います。

2-1. 【方式1】グリーンフィールド(Greenfield):業務プロセスを刷新し、理想のDX基盤を再構築

まっさらな土地に理想の家を建てるように、既存のシステムや業務プロセスにはとらわれず、S/4HANAの標準機能を最大限に活用して全く新しい基幹システムを構築するアプローチです。「新規導入」とも呼ばれます。

技術的側面

現行の業務プロセスを「Fit-to-Standard」の考え方に基づき、SAPの標準プロセスに合わせて再設計することから始めます。データ移行は、必要なマスタデータや期首残高などに限定し、「SAP Migration Cockpit」や「LSMW」といったツールを用いて新環境にロードします。 過去のしがらみを断ち切り、クリーンな環境を構築できるのが特徴です。

ビジネス的側面

  • メリット:最大のメリットは、SAPが提供するベストプラクティスを全面的に採用し、業務プロセスを抜本的に改革できる点です。過去の経緯で複雑化したアドオン(独自開発機能)を整理・統廃合し、シンプルで効率的な業務フローを実現できます。これにより、将来的な保守運用コストを大幅に削減できるだけでなく、AIやビッグデータ連携といった最新技術の導入も容易になります。長期的な視点で見れば、最もDXの投資効果が期待できる方式です。
  • デメリット:一方で、初期投資が最も高額になり、プロジェクト期間も長期化する傾向があります。 業務プロセスの再設計には、現場部門を巻き込んだ膨大な調整と合意形成が必要であり、これがプロジェクトの難易度を高めます。システム停止時間も、標準的なバージョンアップ以上に長くなる覚悟が必要です。

2-2. 【方式2】ブラウンフィールド(Brownfield):既存資産を活かし、低コスト・短期間での移行を実現

今ある家をリフォームするように、現在稼働しているSAP ECCのカスタマイズやデータを可能な限り引き継ぎながら、S/4HANAへコンバージョン(変換)する方式です。「システムコンバージョン」とも呼ばれます。

技術的側面

SAPが提供する「Software Update Manager (SUM)」というツールに内包された「Database Migration Option (DMO)」を用いて、システムのバージョンアップとデータベースのHANAへの移行を同時に行います。 移行前には「SAP Readiness Check」などのツールで現行システムを診断し、互換性のないアドオンの修正や事前準備(Unicode化など)を済ませておく必要があります。 既存のデータやアドオンをほぼそのまま引き継げるのが特徴です。

ビジネス的側面

  • メリット:最大の利点は、既存のシステム資産を流用できるため、コストと期間を大幅に圧縮できることです。 使い慣れた業務プロセスや画面を維持できるため、移行後のユーザー教育の負荷が軽く、現場の混乱も最小限に抑えられます。特に、現行システムのアドオンが少なく、業務プロセスが比較的標準化されている企業にとっては、非常に効率的な選択肢となります。
  • デメリット:しかし、この方式には「旧来の技術的負債や非効率な業務プロセスをそのまま持ち越してしまう」という大きな懸念点があります。複雑なアドオンを温存してしまうと、S/4HANAが持つリアルタイム処理や最新機能の恩恵を十分に享受できず、単なる延命措置に終わってしまう可能性があります。結果として、DXの実現が遠のき、数年後に再び大規模な改修が必要になるリスクをはらんでいます。

2-3. 【方式3】ブルーフィールド(Bluefield):柔軟性とスピードを両立する、ハイブリッドアプローチ

グリーンフィールドとブラウンフィールドの利点を組み合わせた、いわば「いいとこ取り」のアプローチです。「選択的データ移行」とも呼ばれ、システムとデータを分離して考え、段階的に移行を進めるのが特徴です。

技術的側面

SNP Japan社の「CrystalBridge」のような専用の自動化ツールを用い、まず現行システムの器(シェル)だけをS/4HANA環境へ変換します(シェルコンバージョン)。 その後、ビジネス要件に合わせて、必要なマスタデータやトランザクションデータを選択的かつ段階的に新環境へ移行します。 このアプローチにより、全データを一括で移行する必要がなくなり、移行期間の大幅な短縮とリスクの低減が可能になります。

ビジネス的側面

  • メリット:システム停止時間を最小限に抑えられるため、24時間365日稼働が求められる製造業や小売業など、事業を止められない企業にとって極めて有効です。 業務中断による機会損失や臨時対応コストを大幅に削減できます。 また、主要な業務プロセスはS/4HANAの標準機能に合わせて改革しつつ、どうしても必要な一部のデータやカスタマイズは維持するといった柔軟な対応が可能です。
  • デメリット:専用ツールのライセンス費用や、移行手順の設計に関するコンサルティング費用が別途発生します。また、比較的新しいアプローチであるため、対応できるベンダーや実績が限られる場合があります。

第3章:国内大手企業の事例に学ぶ – 方式選定の意思決定プロセス

理論的な比較だけでなく、実際にS/4HANA移行を成し遂げた企業が、どのような課題を持ち、なぜその方式を選んだのかを知ることは、自社の戦略を立てる上で極めて有益です。ここでは、参考情報に基づいた国内大手企業の事例を詳しく見ていきましょう。

【グリーンフィールド事例】

  • カゴメ株式会社:長年の運用でアドオンが1,000以上に膨れ上がり、システムが複雑化・ブラックボックス化していました。 運用保守に多大なリソースを割かれ、本来注力すべき業務改革が進まない状況を打破するため、グリーンフィールド方式を選択。「選択と集中」の方針のもと、競争優位に直結しない汎用業務は徹底的にSAP標準機能に合わせることで、アドオンを100未満まで削減することに成功しました。 これは、移行を機に業務標準化を断行した典型的な成功例です。
  • 味の素食品株式会社:グループ内の事業再編に伴い、新会社の発足と同時にS/4HANAを導入しました。 複数社で利用されていた異なるERPを一つに統合する必要があったため、ゼロからクリーンな環境を構築するグリーンフィールドが最適な選択でした。 「シンプル」を合言葉に標準化を徹底し、従来1時間かかっていたバッチ処理を10分に短縮するなど、大幅な性能向上を実現しています。

【ブラウンフィールド事例】

  • 住友重機械工業株式会社:2027年のサポート終了への対応が主目的であり、決算期変更など他の大規模プロジェクトも並行して進行していました。 このため、現行業務への影響を最小限に抑えつつ、短期間で移行を完了させる必要があり、ブラウンフィールド方式を採用。 コロナ禍という厳しい状況下で、フルリモート体制によりコンバージョンを成功させ、グローバル共通の基幹システム基盤を構築しました。
  • NECグループ:レガシーなECC環境では基幹システムとデータが分断され、DX推進の足かせとなっていました。 そこで、既存の業務プロセスは活かしつつ、データ基盤をHANAに刷新して経営判断の高速化を図るため、ブラウンフィールド方式を選択。 経営のスピードアップと新規ビジネスへの対応力向上を実現しています。

【ブルーフィールド事例】

  • イーグルブルグマンジャパン株式会社:ECC導入済みであったものの、標準機能を十分に活用できておらず、大量のアドオンで運用が複雑化・高コスト化していました。 2027年問題への対応と将来のDX基盤構築を両立させるため、ブルーフィールド方式を採用。 業務プロセスの改革(アドオンの9割超を削減)と、蓄積された過去データの継承を両立。 本番移行では1,500超のテーブルを約25時間で完了させ、44時間以内という厳しいダウンタイム制約をクリアしました。

これらの事例から、「何を最優先課題とするか(業務改革か、コスト・期間か、事業継続か)」によって、最適な移行方式が異なることが明確に見て取れます。

第4章:自社に最適な方式はどれか? – 意思決定のための4つの判断基準

ここまで見てきた情報を基に、自社にとって最適な方式を選択するための具体的な判断基準を4つの観点から整理します。

基準1:現行システムの複雑度(アドオンの量と質)

まず客観的に評価すべきは、現行システムにどれだけ独自のアドオンが組み込まれ、業務プロセスが複雑化・ブラックボックス化しているかです。アドオンの数が500、1,000を超え、その多くがなぜ存在するのか誰も説明できないような状態であれば、ブラウンフィールドでの移行は技術的負債を温存するだけであり、極めて危険です。このような企業は、移行を機に聖域なく業務を見直すグリーンフィールド、あるいは必要な機能・データを選択的にクリーン化できるブルーフィールドが適しています。

基準2:移行プロジェクトの目的とスコープ

「なぜS/4HANAへ移行するのか」という目的を明確にすることが最も重要です。単に2027年のサポート終了を乗り切ることが目的なら、ブラウンフィールドが最も手堅い選択肢でしょう。しかし、これを機にグローバルで業務プロセスを標準化したい、データドリブン経営を実現したいといった、より戦略的な目的があるならば、抜本改革が可能なグリーンフィールドを検討すべきです。また、事業統合やカーブアウト(事業分離)が伴う場合は、柔軟なデータ移行が可能なブルーフィールドが強力な選択肢となります。

基準3:投資可能な予算と許容できる期間

S/4HANA移行は、数億円から数十億円規模の投資になることも珍しくありません。確保できる予算と、サポート終了までに完了させなければならない期間には限りがあるでしょう。予算や期間に厳しい制約がある場合は、既存資産を最大限活用できるブラウンフィールドが現実的な選択肢となります。一方、経営基盤の刷新に十分な投資を行い、長期的な視点でリターンを最大化したい場合はグリーンフィールドが視野に入ります。ブルーフィールドは両者の中間に位置し、コストを抑えつつも一定の改革を目指す場合に有効です。

基準4:プロジェクト推進体制と社内カルチャー

プロジェクトを推進する体制と、変化に対する社内の受容度も重要な要素です。社内にSAPの知見を持つ人材が豊富で、トップダウンで大規模な業務改革を断行できる強力なリーダーシップが存在する場合は、グリーンフィールドに挑戦する価値があります。一方で、現場の抵抗が強く、ボトムアップでの合意形成を重んじるカルチャーの企業では、業務への影響が少ないブラウンフィールドから始め、段階的に改革を進めるアプローチが現実的かもしれません。ベンダーへの依存度が高くなりがちなプロジェクトだからこそ、『失敗しないためのベンダーコントロール実践ガイド』を参考に、自社が主導権を握れる体制を構築することが不可欠です。

第5章:プロジェクトの成否を分ける要因 – 成功への道筋と失敗の轍

適切な移行方式を選択しても、プロジェクトの進め方を誤れば失敗に終わります。数多くの事例から見えてきた、成功と失敗を分ける共通要因を分析します。

成功プロジェクトに共通する5つの要因

  1. 経営層の強力な関与と迅速な意思決定:成功事例では、例外なく経営トップがプロジェクトの重要性を理解し、強力なスポンサーとして全社を牽引しています。 部門間の利害対立が発生した際にも、経営層が迅速に判断を下すことで、プロジェクトの停滞を防ぎます。
  2. 「Fit-to-Standard」の徹底と現場の巻き込み:カゴメの事例のように、自社の競争優位に直結しない業務は徹底的に標準機能に合わせるという原則を貫くことが、アドオンの肥大化を防ぎ、プロジェクトを成功に導きます。 ただし、これを一方的に押し付けるのではなく、企画段階から現場のキーパーソンを巻き込み、標準化のメリットを丁寧に説明して納得を得るプロセスが不可欠です。
  3. 周到なデータ移行計画とクレンジング:「データは資産」ですが、不要なデータは「負債」です。移行前にデータクレンジング(名寄せ、重複削除、不要データ削除)を徹底的に行うことが、新システムの品質と性能を大きく左右します。
  4. 現実的なスコープ管理と期待値コントロール:プロジェクトの途中で安易に要件を追加することは、コスト増とスケジュール遅延の元凶です。初期段階でスコープを明確に定義し、関係者間の期待値を適切にコントロールすることが重要です。
  5. 信頼できるパートナーとの協業:自社にない知見や技術力を持つ、信頼できるパートナー(コンサルティングファーム、SIer)の選定は極めて重要です。単なる下請けではなく、同じ目標に向かう真のパートナーとして協業できるかが成否を分けます。

失敗プロジェクトに陥りがちな4つの落とし穴

  1. 経営層の「丸投げ」と現場の無関心:経営層が「IT部門に任せておけばいい」という姿勢で、現場も「今のやり方を変えたくない」と非協力的では、プロジェクトは前に進みません。
  2. 要件定義の曖昧さとドキュメント不備:現行業務の分析が不十分なままプロジェクトを進めると、後工程で手戻りが多発します。あるプロジェクトでは、管理資料が古いまま更新されておらず、テスト段階で要件漏れが発覚し4ヶ月の遅延が生じました。
  3. データ移行計画の軽視:データ移行を単なる「データの引っ越し」と軽視すると、本番移行時に想定外のエラーが多発し、最悪の場合、業務が停止する事態に陥ります。
  4. 安易なアドオンの容認:現場の要求を安易に受け入れ、アドオン開発を乱発すると、システムの複雑性が増し、テスト工数の増大や将来の保守コスト高騰につながります。

第6章:【実践編】S/4HANA移行を成功に導く網羅的チェックリスト

自社の移行戦略を具体化し、プロジェクトの抜け漏れを防ぐために、以下の網羅的なチェックリストをご活用ください。現状を客観的に評価し、次の一手を考えるための土台となります。

【フェーズ1:戦略・企画】

  • □ 移行の目的(DX推進、コスト削減、法令対応など)を明確にし、経営層からのコミットメントを得ているか?
  • □ 現行SAP ECCシステムのバージョン・EhPレベルとサポート終了時期を正確に把握しているか?
  • □ SAP Readiness Check等で移行の技術的前提条件(Unicode対応、アドオン互換性等)を確認したか?
  • □ 現行システムのカスタマイズ/アドオン一覧を整理し、ビジネス上の必要度を評価(要・不要の仕分け)したか?
  • □ 業務プロセスの洗い出しを行い、Fit-to-Standardの適用可能性を検討したか?
  • □ 移行方式ごと(グリーン/ブラウン/ブルー)の概算コスト、期間、リスクを比較評価したか?
  • □ 移行プロジェクトに必要な予算・人員を確保し、社内承認を得るスケジュールを組んでいるか?

【フェーズ2:体制・推進】

  • □ プロジェクト推進の中核となる専任チーム(情報システム、業務部門、経営企画等)を編成したか?
  • □ 社内IT人材の技術レベルとリソース状況を評価し、外部パートナーの活用計画を立てているか?
  • □ 外部パートナー選定において、SAP認定実績や自社が検討する移行方式への知見をチェックしたか?
  • □ ステークホルダー(経営層、現場リーダー)との定期的な報告・レビュー会議を設定しているか?
  • □ 社内外への情報共有体制を確立し、プロジェクトの透明性を確保しているか?

【フェーズ3:技術・データ移行】

  • □ データ移行に向けた「データクレンジング」計画を策定し、移行不要データのアーカイブ方針を決定したか?
  • □ 移行対象データ(マスタ/トランザクション)の選定基準と移行優先順位を決定したか?
  • □ カットオーバーに必要なシステム停止期間の想定とビジネスへの影響を評価し、短縮策(ブルーフィールドなど)を検討したか?
  • □ 既存システムとの連携インターフェースの移行計画(接続方法の変更等)を検討したか?
  • □ 障害発生時のロールバック計画や、移行中断時のビジネス継続計画(BCP)を用意しているか?

【フェーズ4:テスト・トレーニング・運用】

  • □ テスト環境でSimplification Itemチェックなどを実行し、S/4HANAで影響を受ける項目を洗い出したか?
  • □ データ移行後の検証方法(整合性チェック、システムテスト、ユーザ受入テストなど)を定めているか?
  • □ 移行後に必要となるSAP Fiori画面など新UIへの対応方針を決め、ユーザートレーニング計画を用意したか?
  • □ トレーニングやヘルプデスクなど、移行後のユーザー支援体制を計画しているか?
  • □ 移行後の運用体制(内製化 vs. 保守アウトソース)を検討し、必要なコストを計算しているか?

このチェックリストは、プロジェクトを始めるための第一歩です。より具体的で詳細な計画に落とし込むためには、専門的な知見が不可欠です。プロジェクト全体の進め方や計画策定に課題を感じる場合は、S/4HANA移行ロードマップ策定ガイドで網羅的な手法を解説していますので、ぜひご参照ください。

まとめ:S/4HANA移行は、受動的な対応ではなく、未来を創る能動的な投資である

本記事では、SAP S/4HANAへの移行について、3つの主要な方式の徹底比較から、国内大手企業の事例分析、そしてプロジェクトを成功に導くための具体的な判断基準とチェックリストまで、網羅的に解説してきました。

S/4HANAへの移行は、単に2027年のサポート終了という期限に対応するための、後ろ向きで義務的な作業ではありません。それは、過去のしがらみで複雑化したレガシーシステムから脱却し、データをリアルタイムに活用できる俊敏な経営基盤を再構築することで、企業の未来を自らの手で創り上げていくための、極めて戦略的で価値ある投資です。

グリーンフィールド、ブラウンフィールド、ブルーフィールドという3つの選択肢に、絶対的な正解はありません。重要なのは、技術的な優劣だけで判断するのではなく、「自社がこの移行を通じて、5年後、10年後にどのような企業でありたいのか」という原点に立ち返り、ビジネス戦略と照らし合わせて最適な方式を選択することです。

この記事が、貴社にとってS/4HANA移行という壮大なプロジェクトの羅針盤となり、確かな一歩を踏み出すための一助となれば幸いです。

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